2010年

2月


2月28日


昨晩は兄貴から お説教くらいました。
まぁ 家族代表ってとこなのかな。



両親はあまり干渉せず
見守る立場を取ってくれてますが
兄貴は我慢の限界が来てたみたいで
色々 指摘をされました。





お前の年齢は 皆 自立して頑張ってるのに
お前は一体なんなんだ。



いつまでも親の世話になってるんじゃねぇよ。
家賃も食費もキチッと払え。



両親の老後の面倒見るくらいの貯蓄をしろ。
少しは世の中に貢献しろ。



2畳くらいの部屋でさえ借りれない経済力しかねぇんだから
それくらいわきまえて生活しろ。



部屋に引きこもるな 外に出ろ。
真面目に自分の将来を考えろ。



etc・・・





まぁ 怒り心頭 怒り爆発ですね。
全部 正論です。





誰でも頭に来ますよね。
病気を理由にして
何もしない ただの引きこもりなんですから。





生活保護を受ければ
今度は家族じゃなく
国に依存ですからね。



俺達が汗水垂らして
働いて収めた税金を
なんで てめーらみたいなクズ人間のために
使わなければならないんだと。





お前みたいに言葉で理解できない人間は
叩くしかないと言われ



何年ぶりだろうね
兄貴に パンパン頭を叩かれましたよ。(笑



相手は真剣なんだから
笑っちゃいけないんだろうけど
笑いを堪えるのに必死でした。








目に見て取れる病じゃないですからね。
ごもっともな リアクションだなと。
家族の苛立ちも良く分かります。





吐血でもすればいいんでしょうかね。
五体満足であるのに 怠惰の極みにしか
誰の目にも映らないんですから
そういう怠けた人間が何かと目に入れば
誰でもイライラも頂点に達しますよね。



どんな説明をしても
多分 話し合いにもならないし
何も聞いては貰えないだろうな。



言って気が済むなら
殴って気が済むなら
それでいいんじゃない?と思って
寛容に受け止めておきました。





最後に思ったのは
この人大丈夫??





俺が兄貴を疲弊させて
どうすんだよと 思いました。





兄貴は長男だし
今年 結婚予定のお相手は3姉妹の末っ子で24歳。
優しくて気配りのできる女性らしい。



んなもんだから
相手の両親の老後の面倒
うちの両親の老後の面倒
そこに付け加えて俺の面倒まで
考え込んだ結果なんかな。





んなもん 自分で構えた家庭だけで一杯一杯なのに
簡単にできることじゃない。





だから 俺に自立を促してるんだろうね。
俺の考えすぎかもだけど。(笑



兄貴も不器用だからね。
すぐに直情的になって言葉をぶつけ
最後は力に訴えるから 変わってねーなぁと。





とりあえず 今の仕事で
少しずつ貯蓄を作って
家は出るつもりだし



給料入れば家にも収めますよ。





んで そんなどこの家庭でもあるような
つまらん いざこざがあったわけですが
丁度 様々な人間の価値観について
考えてるときだったので



兄貴の価値観もよく観察させてもらいました。





俺みたいな人間が許せないことも
良く分かったし
多分 多数が兄貴と同じ気持ちだろう。





世の中の常識なんて
majorityとminorityなだけなんだから
人類創世記から んなもんはある訳で
社会の最小単位の家族で このザマなんだから



例えが極端だが 世の中から いじめや偏見が無くならないのは
ごもっともな訳で 大多数の意見にそぐわない少数は
抹殺されてきたのが 世の慣わし。





これを覆せるもんが
果たしてあるのかと考えたが
俺のちっぽけな頭じゃ解決策など浮かぶ訳もなく。(笑




戦争に疲れて
博愛主義を唱えるのも道理だし



戦いこそ全てと考えて
武力抗争を続ける人もいる。



誰もがどちらに転んでもおかしくはない。





ある大多数が平穏な生活を送るためには
犠牲になり迫害され 罪をかぶり吊るし上げられる
それだけのために存在する少数が必要。





魔女狩り、ホロコースト、赤狩り・・・etc
いつの時代もそうだった。



誰かの生活を守るためには
誰かの生活が脅かされる。



それゆえに 憎しみの連鎖は止まらない。
復讐に重なる復讐。





対象となる相手を根こそぎ
根絶しない限り納まらないのか。






他人との価値観の擦り合わせをして
互いの妥協点を探る。



これができなきゃ 手っ取り早く武力行使だよね。



掲げる信念を折るということは
その人の存在自体を否定することにもなり兼ねない。





俺の病気を盾にした逃避行は いつまで続くのか。(笑
都合が悪ければ病気のせいにして
そうじゃなければ 病人扱いするなと言う。



どこにも逃げ場も安息の場所もないのにね。
社会に属している以上
誰からの指摘も批難も受けますよ。
言いたいことがあれば いくらでもどうぞ。





ただ 傍観者を決め込むならば
閉口せねばならないな 全てに。



自分のことは棚に上げて
人間社会をどうこう言うのは アホだな。(笑





まぁ クズはクズなりに生きてますので あしからず。





2月27日



昨日の日記は誤解を招きそうだが
誰かが憎い訳でもなければ
人命を軽視し 天誅を与えたい訳でもない。





新しい命の息吹は快く迎え入れたいし
誰かが旅立つならば 笑って見送りたい。





誰かを担ぎ上げてどうこうしたい訳でもないし
逆に誰かを吊り上げて糾弾・弾圧したい訳でもない。






色んな考え方 信じて来たことを
一度全てリセットして 再構築したいのだ。





何を指針にして生きるのが
俺に相応しいのか それを探っている。





だから 一度 自分が人間であることも忘れたいのだ。





皆がそうしているから 自分もそうする。
誰もがやってきたことだから 自分もそうする。





こういう考え方で自分を納得させてきたのが
そもそも 問題だった。





それで 何も問題が起こらず生活できていたなら
きっと それは正しいことだと認識していただろうし
他人にも そういう生き方を薦めていたかも知れない。





実際 そういう人達もいるだろうし
彼らに警鐘を与えるつもりもないし
一つのライフスタイルだから どっちが正しいとかじゃないし
対峙するつもりも必要もない。





つまらない争いを今は避けたい。





誰もが皆 それぞれの価値観で
それを主観として生きている。





今は冷静にそれらを見つめたいのだ。





宗教・政治・思想。
それらの衝突で起きた幾多の戦争。



無益だったのか有益だったのか
歴史は 血の年表だ。





それらの中にも確かに自分が信じて来た価値観もあったし
自分なりの解釈で受け入れてきたつもりだ。





別に 前人未到・破天荒で型破りで
奇を衒った 新しい何かを見つけようということでもない。





すでにそれはどこかにある。
それを再認識したいのだ。





静かな気持ちでそれを受け入れたい。





西遊記の中に
孫悟空がお釈迦様の掌の中から出られない状況があるが
今の俺は例えるならば そんな状態だろうなぁ。





人間社会とはお釈迦様の掌なのかも知れない。
そこから 逸脱しようとも出られない。





今日はこの辺にしときます。
また 明日。





2月26日



今年もベビーラッシュだな。
知人では 今7名が妊娠中。



2名が2人目の出産。
5名が初産です。



出産祝いを包む余裕は ねーけど
元気な子供が生まれるよう願ってます。













病気のせいなのか
様々なことを考えます。



時にそれは苦痛にもなり
思考を止めたいときもあります。



最近は水面をイメージして
静かな気持ちになれるように努力しています。



できるだけ さざなみを作らない。
それが立つ時は ストレスを感じているとき。



他人をその水面に浮かべるのか
逆に深く沈めるか それは相手次第。





できるだけ 静かに今は過ごしたい。
音楽は聴きません。





気分は高揚せず のっぺりとしたまんまですが
沈み込むよりは ましですよね。










今まで そうだと信じてきたこと。
価値観 モラル 倫理観 道徳観。
そういったものの瓦解は否めない。





正義だの愛だの平和だの
人類のシンボルとして 度々取り上げられて
プロパガンダとして 大いに活躍するが
一体それらは なんなのだ。



今の俺には何の説得力もないし 実感もない。
それらを軽々しく口にする人が嫌いだ。



人間社会で育ち
およそ 人間として生きるように
この社会で貢献できるようにと
そんなものを ずっと信じてきた。





色んな自分を演じ分けて
それとなく社会に適合しているように
周囲から評価を得られるようにと
そんな生き方だったに違いない。





誰かに憧れ 誰かの影響を受け
それに近づこうと努力してみたり
なり切ってみたり 他人とは違う自分になろうとし
それを個性と呼び 大人や社会体制に反発してみたり。





誰かの作った流行や風聞や価値観に従い
飼いならされ 踊らされ それらが世界だと思っていたに違いない。





時代に取り残されるのが恐かったのか
友人との話題作りに必死だったのか
他人から凄いと賞賛される稀有な存在になりたかったのか





そう過ごした日々は 一体なんだったのだろう。





理想の仕事
理想の恋愛
理想の結婚
理想の家庭



世の中の勝ち組 負け組。





有名大学に入る
有名企業に入る
高収入を得る





それが幸せの偏差値だと
錯覚していたことも否めないのではないか。





そこから ドロップアウトした人間は
社会のクズと呼ばれ見下され排他的な扱いを受ける。





富や名声。
他人からチヤホヤされたい自分があったのではないか。





そういう教育を受けてきたから仕方ないで
済むことではない。





俺には こういう考え方や生き方はそぐわなかった。
空っぽの自分に気づいたら こんなことになった。





自分を失ったわけではなく
自分は最初から この世界のどこにもいなかったのだ。





自分で考えることが 今までどれだけあっただろう。
答えが見つからないときは どうしたって
両親の価値観 友人の価値観 本に書いてある価値観
そんなものに 納得して 追従して生きてきただけではないか。





だから今頃になって
アホみてーに苦しまなければならなくなった。





自分の価値観の全てを
今フラットにしています。





今まで 自分の価値観を
自分なりの経験で手に入れて来たつもりでいたし
そう自負していたつもりだった。





でもね 人間社会にどっぷり浸かって
その全てが真実であり 現実でありって受け止め方をすると
非常にハイリスクだった。





人間社会で人間同士で罵り合い潰し合い殺し合い
生きることは競争だというならば
それもそれで一つの考え方だが
俺はもう別の視点で
社会不適合者として生きる道を模索してます。





弱者同士で群れて共生する道もあるが
それもそれで 不協和音を発する。





沢山の人に依存し
甘えて来ました。





誰か道を示してくれる人間がいるならば
その人間を尊敬・敬愛し師事したいとさえ
考えていた自分がいた。





でも 過去にも未来にも
そんな人間は存在しないんだと分かった。





生きるヒントは人間社会にはない。
自然の中に脈絡とある物に全てが凝縮され
すでにあるように感じています。



発明ではなく 発見。





何となく自然の中で過ごす時間を作ろうかと思っています。
人間からではなく 自然から少し学びたい。





また ぼんやり旅をしたり
自然の中で ぼんやり過ごしたいという
欲求が少し芽生えています。
いや 自然に帰りたい 土に帰りたいだけなのかも。



でも これは また新たな一歩を踏み出すための
チャンスなのかも知れませんね。





何になりたいかと問われるならば
雲になりたいです。



もう 人間社会のルールに縛られ
踊らされるのは ご免だし 疲れました。



卑怯ですが しばらくは俺はそんな人達を笑いながら
他人事として 傍観しますわ。








必要なのは 少しの食物と衣類と
雨風凌げる場所です。



ぼんやり生きて 死んだら土に返り
バクテリアに食われて
俺が今まで全部食ってきたもんを
全部 俺の命の代償として循環の中に返すだけだ。



それは生物がこの世に存在してから
ずっと繰り返されて来たことなんだろう。



俺が生きた意味は 他の生物の糧になること。
だから 今は有難く 他の生き物を食うとしよう。



人間は高尚な生き物ではないし
万物の霊長でもない。



それが今の俺の結論。



文明社会に酔いしれて
人間社会様万歳 人間最高と
そんな生き方がつまらなくなっただけ。



社会的に見れば 危険思想だな かなり。
蟻の命も人間の命も同等なんだからな。





2月21日



お疲れさんどす。
仕事はどうにか続いてます。



今の職場だから どうにかなってんだろな。
他に雇ってくれるとこなんてないからね。





訓練生とは 会話も結構するようになり
詳しい内容は話せませんが
サラっと 過去のことや
自殺未遂したときなどのことを話してくれる方もいます。





特に同情する訳でもなく
叱咤する訳でもなく
励ます訳でもなく
こちらもサラっと聞いてます。



何があったかは いいんです。
今 生きているならば それで。





頑張って生きろなんて言う気もないし
かと言って 死になさいと言う気もない。





今したいことがあるならば
それをすればいいと思うし

それがないのなら 呼吸だけしてればいい。





専門医でもないので
話は聞くけれど 極力アドバイスはしてません。
ただ 力になれることがあれば 力になります。

そういうスタンスで 今は仕事してます。





誰かを救おうとか そんな使命感なんて
微塵も持ってません。



彼らと のんびりやれれば
それでいいです。










さて 話は変わりますが
今年も結婚する友人が多く
早くも撮影を一件頼まれました。



凄く結婚式を楽しみにしているので
こちらも しっかり撮影したいと思います。



幸い 俺が撮影した夫婦は
今のところ 離婚ゼロです。



今のところね!!(笑



せっかく撮影したんだから
離婚なんかされたら
双方にビデオの原版を送りつけますよ。

そして 子供達に
パパとママ こんなに愛し合ってたんだぞ
と 過去形で教育ビデオとして見せます。





それが嫌な方は
離婚しないようにお願いしますね。(照




結婚する友人 結婚した友人
皆に言われるのは お前も早く身を固めろですが
現在 結婚は諦めてます。





人間1人が生活する費用も叩け出せないのに
結婚もくそもない。



貧乏でも健康に少し自信があるなら
何とかなんだろで 結婚すっかもですが
現状じゃ 無理です。



父親が発狂で 家族崩壊とか勘弁だからね。



嫁は お前 結婚承諾しただろっつっても
詐欺だろ それ。(笑



子供は子供で罪はないし
そんなことで巻き込みたくはない。





子供は好きなんだけどね。
自分の子供じゃなくてもね。



だから 友人達の子供は
皆 かわいい。



父親や母親に似て
ブッ細工だったとしても 凄くかわいい。



近所を走り回ってる
見ず知らずの子供も かわいい。



若いお姉さんのスカートめくってる子供は
GJと言いたくなるくらい かわいい。



満員電車で泣き喚く子供も かわいい。



見ず知らずの俺に
『うんとねぇー ○○ちゃんが好きなの♪』と
突然 関係ない告白をしてくる子供も かわいい。



駅前に置いた 俺の自転車のサドルを盗む子供も





















ちょっと 待て ゴルァアアアアアア!!








まぁ 子供は好きなんです。
きっと 多分。





結婚できる唯一の可能性を考えると
精神科の女医さんのモルモットが確率あっかなぁ。
一生涯 人体実験を承諾すれば。



新薬投与でモリモリ元気。
そんな夫婦生活が待ってるかも。



24時間モニターで監視。
そんな夫婦生活が待ってるかも。



自分は檻に入れられて
嫁は他の男と浮気。
そんな夫婦生活が待ってるかも。



新しいモルモットが見つかったから さよなら。
そんな夫婦生活が待ってるかも。





夢のような生活だな。
逆に女医を薬漬けにして
檻で飼って モニターで監視したるわ。
んで 録画して TBS様あたりに売ろう。



あー 愛が溢れてる。



って そんな生活しても 何も楽しくないわ。
どっかの誰かさんがやったような事件起こしたくもない。
マンションの一室で 薬物で女が死亡とか。





↑みたいなことになるので
俺に結婚を薦めるのは どうかと思います。





2月20日



何も考えないこと
何も感じないこと。



そういうスタンスで生活を送り
自然と笑えるときには笑う
自然と泣けるときには泣く



それが大事なのかな
まともな思考や感情になるには。





気持ちの赴くままに動く。





今日という日を当たり前だと思って生きる。
次の人生は 真面目にやろう。





それでいいんじゃねぇかな。
誰かに何か聞かれたらそう答えればいい。





いい意味で適当じゃなく
本当の意味で適当に生きる。





人のために生きない。
自分のためにも生きない。
惰性で毎日を過ごす。





気持ちが乗らなきゃ何もしない。





何でもかんでも病気のせいにしてきたが
これは病気じゃなく 俺の本質なんだと
最近 思ってます。










もう長い間 格闘ゲームなんてやってねぇけど
今はMUGENなんつーのがあんだね。



簡単に言えば2D格闘ゲーム。
一応 格闘ゲーム世代だから 昔はよくやったな。



何でもありで もう ついていけねーな。これ。



ドナルドとカーネル つえーな。





阿部さんまで いんのかよ。







阿部さん知らない方はどうぞ ↓↓↓





明日もあなたにとって くそみそな1日になりますように。





2月19日



思考回路が完全にショートだな。
つまらんことばっか考える 同道巡りの廃人。





ハイジのお爺さんみてーなもんだな。





はぁ しんど。



 

2月17日



完全に迷走しています。
疑問符という足枷に捉われてます。





この思考回路を止めて下さい。
破壊して欲しい。



答えの見つからないことについて
無限のループ再生を繰り返す。



ただ生きるだけなら
考える必要もないこと。



今日の糧を得るためだけに働けばいい。
本能と欲求のままに行動すればいい。



生きるとは そういうことではないのかね?





全てが疑問で懐疑的な被害妄想にまみれ
整理も付かないまま 次々と疑問が生じ
発狂したくなるような思考回路の中
どうにか生の奴隷として 生きている。





いや 生かされている。





俺は一体誰だ?
いつから ここにいる。



家族とはここでずっと一緒に暮らしていたのか?
俺に優しく接してくれる人間は一体何のために?





この世界は一体何なのだ?
俺は何を見ている?





全てにいちいち意味や目的を持たせようとしている。
そうすることで 色んな事象を頭の中で整理しようと試みる。
聞き分けのない子供のように。





今までは全てを当たり前で片付けてきた。
きっと そんな毎日で良かったのではないか?





それが全て 当たり前でなくなってしまったとき
それらを 何と識別し認識し把握し理解すればいいのか。
異形で見慣れないものに見えてくる。





子供が物の名前を覚え始めた頃
様々な物を指さしては これは何?と訊ねる。





それと同様で他人に答えを求めている自分がいる。
道を指し示して欲しい 誰かに導いて欲しい。
そう思っている自分がどこかにいる。





しかし 他人が出した答えなどに
納得することはあるだろうか。





この世に全てを司る原則などない
まして真理など用意されてはいない
そう思うことで自分を納得させるしかないのか?






疲れだけが蓄積されていく。





仕事に就いて 何となく生活を取り戻せば
全てが戻ってくるような気持ちになっていた。





考えが甘かった。
ちょっと深く哲学に傾倒しすぎたのかも知れない。
ただ生きて生きて生きて 天寿を全うすること
それでいいのではないのか?





何か高尚なものに挑んでいるような気持ちになり
何となく真理に近づいているような気持ちになり
どこかしらそんな自分に酔っていて
世の中を見下し 全ての人間を下らないの一言で一蹴し
そんなことをして 一体何を得たのだろうか?





人を信じられなくなり
人を愛せなくなり
自分を見失い





気分の浮き沈みの ひたすら繰り返し。
ここ近年 何度繰り返して来たことか。





どうにか生きてやろうなんて思う日もある。
空だって飛べそうな 何でもできそうな気になることもある。
布団にずっと潜って 何一つできない日もある。










神の存在など信じないが
何か全てを司るものがあり
それらの意志のもとに我々があると考えるのは簡単なのかも知れない。





すでに過去の人間達が
逃げ道を用意してくれているのに
それを受け入れず 度外視する
ひねくれた根性が 更に歪んで来た気もするよ。





孤独です。
どうしようもなく孤独です。





狂人で片付けられるのは覚悟の上だし
自分で自分を孤立させてきたので
誰に対する憎しみはありません。





寝よう。
眠って眠って眠り続けている限りは
下らない思考も止まるはずだ。





お休みなさい。





2月11日



無事に内定も貰い
勤務も始まっています。



色んな方が集まっている職場なので
そういう意味では 勉強になります。





気分の波は相変わらずで
なかなか安定に至っていません。



薬を飲んだり 通院も
できれば このまま避けたい。





薬は本当に一時しのぎにしか過ぎず
どうしても 薬でドーピングして
乗り越えなければならない局面があるなら
少しは考えるけど



結果として 体や精神に対し
薬で無理を強要しているに過ぎず
大きな痛手を負うのは自分だ。





現状維持で どうにか
自己治療を続けて行きたい。





気分が落ちれば
自分ではどうすることもできず
他人に助けを懇願することもあるだろう。



そんな中でも なるたけ 他力本願にならず
やっていこうと思っている。





精神障害者と一緒に仕事していて
彼らを監督する立場ではあるが
彼らと俺は何も変わらないし
社会復帰のためのリハビリの場が得られたのだから
幸運だと思っている。





彼らも様々な事象の中 発症し
闘病生活を余儀なくされている。





様々な障害者の保障を受けているので
彼らを税金泥棒や 社会的に甘えている人種だと
お思いの方もいるだろう。





毎日 仕事に出て来るだけでも
俺は凄いなと 感心している。





休みの連絡を入れてくるだけでも
頑張っているなと思う。





それは俺が彼らと同じ苦しみを味わって来たから
そう思えるのだろうなぁ。





少なくとも社会復帰のためのプログラムに
真面目に取り組んでいるのだ
それだけで評価に値する。



どうでも良ければ生活の保護だけ受けて
仕事なんて しようともしないし
社会復帰も考えない。





中には 必至な方も沢山います。
助けてと言えない人たち。



助けを求めれば 親も仕送りしてくれる可能性もあるのだが
当人達の年齢が年齢であり
親に援助を請うことなどできないし
自分の兄弟はちゃんと家庭を持ち 立派にやっているのに
何で私だけが???という思いを人一倍感じている。





だから どうにか自分だけで解決しようとしてしまう。
時にそれは 途方もなく自分をどこまでも追い込み追い詰めてしまう。





人にお金を借りるのは 少し遠慮するとしても
他人に相談することは悪いことではないと 俺は思う。





それができなくなってしまうと
どんどん閉塞的になっていき
自分の殻に閉じこもり 自分すら信じられなくなり
自分の存在すら認められなくなる。





そういうときだよね
サラっと自殺しちまうのは。





やれ死ぬ 今日死ぬ と
他人の注意を引くために
大騒ぎしているうちはいいが
死ぬ人は誰にも何も告げずに逝ってしまうからね。





俺はどうにか彼らの信用を得て
彼らの話に少しでも傾聴したいし
可能な限りは力になりたいと思います。





俺の勤務する このグループホームでも
設立10年くらいみたいだが
やはり 過去に9人程 亡くなっているそうだ。





互いに心をオープンに開いていれば
100%とは行かないが
ある程度の信頼関係は築けると思う。



どちらかが聞く耳を 話す口を持たなくなったとき
そんときは危ないと思う。



俺も彼らに様々なことを話すつもりだ。
現在は社会からは はじかれた場所にいるけれど
障害者同士で ガッチリとスクラム組んで
どうにかこうにか生きて行くのも
悪いことじゃないだろ??



のんびりと根詰めずにやりますわ。





2月8日



明日 仕事の面接に行ってきます。
先日 先輩から紹介を受けた仕事です。



精神障害者の自立支援のための補助。

食堂や清掃などを社会復帰のための訓練の場として
提供しているらしい。



俺はどっちの立場で参加すべきなのか。
訓練生として参加するのが正しい気がする。



補助する立場にはない。





この仕事は全く無益な仕事ではないと判断している。
身近で自分と同じ精神障害者と向き合える。










今年に入ってからも
相変わらず 気分の浮き沈みは激しい。



良からぬ心境や衝動に見舞われたときは
極力 誰とも接しないように心がけている。



自分で自分が何をやらかすか
自制できないと判断しているからだ。



まぁ 何もせず 布団にうずくまっている
ただの引きこもりです。





カッとなって やりました
イラっとして やりました
誰でも良かったんです





少なくとも これを俺はやりたくはない。
無作為に無意味に他人を殺傷したくはない。



別に偽善者を気取りたい訳ではない
生理的に気分が悪いからだ。



模範的に法律やルールやモラルに従おうというのではない。
誰かを殺傷して あとで気分がいい訳がない。





命に対する価値観や道義も
今は持ち合わせていないからな。



命が大切だから 殺人はいけない
と 考えている訳ではない。



生理的に気分が悪いからだ。
自分は気分が悪いから やりたくないやりません
ただ それだけです。





だから よく分からない恐怖感に見舞われて
何かを殺傷するようなことも



よく分からない破壊的な欲求で
何かを殺傷してはならない。





物はある程度の物は壊しても
代替が利くが 命はそうは行かない。



奪うのは簡単。
育むのは容易ではない。





これも命を尊重すべき事由に値するだろう。
でも 今誰かに命の尊さを説かれても
俺は自分の命に関しては 何も思うところはない。



でも 一部の第三者には命を粗末にして欲しくないと願う。
これが 何なのか 自分でも良く分からない。



家族や友人に簡単に死んで欲しくないということだ。
自分は自分の命を何とも思ってない癖に。





生きたいという欲求も今はないし
死にたいという欲求もない。



今はニュートラルです。





毎日 常時 生きたいと強く願って生きている人もいないでしょう。
生きているのが ごく自然で当たり前だと考えられるならば
いちいち念頭に置いている人はいない。





そもそも 生き死に どちらにせよ
そう思う欲求とは 何から生じるのか。



死にたいと考えるのは
簡単に言えば 何かしらの逃避の最後の手段だろうか。





死んで責任を取るなどといった考え方があるが
責任を取ることが死んで果たせるケースなんて
それほど多い事柄ではないように思う。



生き残る者達に その人間が死ぬことで
何かしらのメリットが得られる場合だけだ。





現に俺は自殺未遂をやらかしたが
自分のケースに関して言えば
単なる衝動だ。



その日は眠れなくてイライラしていた。
その眠れない苦しみから解放されたいという理由だけで
500錠近い薬を5リットル近い水と共に服用した。





こうして のうのうと生きているもんだから
馬鹿げた話だ 笑い話だ で終わってしまうが
死んでいたら この日記も書けなかっただろう。





本来 家族や友人や医療関係者に
感謝すべきことなのだろう。





だが なぜ死ねなかったと
当時思ったのも事実であり 認めます。





こうして日記を書いている間にも
沢山の人間が死を迎えている。





だから どうしたと思い いちいちそんなこと考える必要もないし
命とは なんだろうかと考える必要もないし
そんなこと考えても仕方ないだろう と言う人もいるだろう。





俺もそう思うのだが
生理的に気持ち悪いのですよ
そっから目を背けることが。





今 現在を生きることは大事だが
人類が誕生してから 脈絡と命は引き継がれ
今に至るが 誰1人として
我々が どこから来たのかは名言できない。





進化論にせよ ミッシングリンクが多すぎる。
聖書のアダムとイブは 話としては面白いが それだけだ。





気持ち悪いんだよ
こうして生きていることが。



一体 何のために存在している?
何の益も成さない 自堕落な俺が??





単純に世の中のためだのって名分を取るのならば
俺がここにいる意味なんてない



有益な人間が死に
下らない俺がここに存在し続ける。





それが我慢ならないんだよ。
気分が悪いし 気にくわねー。





そもそも 命とは何なのか。
我々 人間は実質 地球上の支配者として君臨しているが
他の生命の生殺与奪の権限などあるのか?



人命こそ 最も尊い命だと断言できるか?





勝者と敗者
正義と悪



そんな大義名分で 何度も無益な戦争が行われ
ある人は戦争により 人間は進化してきたという。



物質的な意味合いとして
それは そうだとは思う。





しかし 人間の精神は何とも未熟なままだ。
過去に起こった事象の上塗りを何度も繰り返す。





この世界を創生したものが存在するならば
俺は会ってみたい。



一体 何が見たいのか 何を望んでいるのか。





俺自身 頭がおかしいと言われるかも知れないが
とっくに狂っているので 別にどうとも思わない。





一体 なんなんだ!!!
全てが なんなんだ???





今 目の前にあるもの全てが
そこに存在しているのかさえも疑わしい。





現実も夢も妄想も
どこがハッキリした境界線だと名言できる??





他人を踏みにじってでも生き残ることに
何か大きな意味はあるのかい??





俺は競争を放棄した負け犬かも知れない。
めんどくせーんだよ 他人と競うことが。
負けでいいから 別にしたくねーって思っちまう。





争いのない世の中なんて
存在しねーのは分かってるし
人間全部がそういう思考なら
とっくに滅びてるだろう。





あー もう 支離滅裂だな。
何が言いたいのか さっぱり分からねー。





いつもなら 疲れてここで日記を終えるが
少し整理してみよう。





俺が知って掌握したいのは
次のことだ。





1.存在理由や生命について。

何で今ここにいるのか。
先祖様がSEX繰り返したっつえば
それまでなんだが そういうことじゃなく
何か意味があんのかってこと。

弱肉強食 もしくは有益な人間が生き残るというのであれば
俺はここに存在する意味や理由なんて ねーんだ。

強いて挙げるならば 強者の餌になるために
ここにいるということだ。

全ての人間には生まれて来た意味があるなんて
言う人がいるが 俺はそうは思わない。

先天的なもんじゃなく それはある程度生きて経験を積んだ結果の
後付だろう。

誰かの何かの目的で こうして生かされているという
訳の分からない考えが膨らむときもある。
俺の役割は?使命は?
俺は何かの歯車か?

人生は舞台だなんて ロマンティックな例えを
する人もいる。

別に俺は 人生の主役になりたい訳ではない。

しかも 演じ続けるなんて まっぴらごめんだ。
そんな疲れる生き方はしたくない。



考えても仕方ねーだろうと片付ければそれまでのことだ。
別に生死に関わることじゃない。

自分なりの後付の答えを見つけて持っている人もいるだろうし
一生そんなことを考えずに終わる人もいるだろう。





2.現実とは何なのか。

現実とは何なのか さっぱり分からない。

ある時代の人間は空を飛ぶことを夢見た。
それが実現している。

可能なことか もしくは不可能なことかが
単純に現実的か非現実的かの境界線なのか?

今 目の前にあることが現実なのか?

現実に戻れとか 現実を見ろと よく言われる。

俺は現実逃避しているだけなのか?
自分を何かしら正当化したいだけなのか?

自分に直面したことから逃避することが
現実逃避と呼ぶならば 現実逃避とは一体なんなのだ??



人が そんなことをいちいち考えても仕方ないということは
多々ある。

そのとき どっちが現実なのか教えて欲しい。
どちらの人間が逃避しているのか教えて欲しい。



例えば 自分の存在意義を考える。
誰かが そんなこと考えても仕方がないと言う。

答えも解決もない事象に対して向き合うことは
ナンセンスだし とりあえず 今日の飯にありつくことのほうが
大切だと 彼は言っているのだろう。

仕方がないからと割り切って目の前の疑問から逃げることは
現実逃避ではないのか?





逆に今日の飯も食わず眠らず 下らない疑問に大して
馬鹿みてーに ずっと考え込んでいる。

すぐに食事を取り 睡眠を取ったほうがいいに決まっている。
これは現実逃避ではないのか?

どっちが現実ですか?
より明日を生き残れる方が現実ですか??





3.創生、創造。

世の中が誰かの意図で創造されたもんならば
始祖は誰だ??

ただただ自然の成り行きで 偶然だけで
我々はここにいるのか?

神様だよっつえば それまでだが
そんなもんは信じてはいない。



万物の創造主がいるならば
聞きたいことは山ほどある。

一体全体なんなんだ?
最後に落ちがあって 笑える落ちなのか?





以上の3点が今物凄く興味があること。
誰か面白い話を知ってれば 是非 聞かせて欲しい。



日々 適当に笑って 適当に泣く。
そういう生活がしたくて 下らないことばかり考える。

それが幸せなことなのかも知れないな。





2月1日



ども ご無沙汰です。
まだ 無駄に無意味に生存はしております。



ガードマンのアルバイトしようかと思ったが
未だに返事こねーなぁ。
落ちた??





仕事は見つかってません。
4社ほど落ちました。





映画館の映写技師
保険会社の書類整理
大学の事務員
マンションの管理人



全部ダメでした。
のんびりしてる場合でもないんだろうが
特にやりたいこともないし
適当にやっとります。





惰性で生きる毎日にも
うんざりもしてるけど
とりあえず 息してるんだから
まぁ いいんじゃねぇかな。





心理学を学ぼうかなって気はあるんで
色々調べたんだけど



ワーキングホリデーは30歳までだし
イギリスの大学に留学って手段しかないね。





学費を捻出せんと無理だわなぁー。





明日は知り合いの先輩が仕事の話をしたいというので
ちょっくら会いに行ってきます。





先月 富士五湖の一つ 西湖にキャンプに行ったので
写真を何枚かあげておきます。



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青春してますね。
帽子が飛んでるのがオイラです。





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残念ながら独身は残り2名となっています。
この人タイプだって方いらっしゃいましたら
ご一報お願いします。






人生旅日記