2009年
2月
2月13日
今月21日に親友のズッキーが結婚式を挙げるんですが
今日はそのための余興の準備をしてきました。
歌を歌うことになったんですが
選曲に悩みましたね。
決定曲は本番まで内緒です。
2位にあがったのは ウルフルズの『バンザイ』
3位にあがったのは ズッキーがドラゴンボール大好きなので
影山ヒロノブのドラゴンボールZのエンディングソング
『僕達は天使だった・・・』でした。
本番まで もう余り時間がありません。
ちゃんと歌って練習しとかないとなぁー。
ご祝儀は無職の浮浪者なんで
今回も出資できそうもないので
ズッキーに謝罪しておきました。
ズッキーとも高校からの付き合いだけど
よく一緒にスノボしに行ったなぁー。
俺が昨年末に自殺未遂やらかしたときも
リンゴ持って駆けつけてくれたからね。
本当に大切な友人の1人です。
楽しくて思い出に残る結婚式にしてあげたいですね。
あと 当日はビデオカメラマンやらせて頂きます。
結婚式の撮影するのも何回目だろうなぁ。
でも安心して下さい 俺が撮影して
離婚した夫婦は まだ一組もいませんから。(笑
2月12日
突然ですが 今日会社面接に行って来ました。
これで今年に入って実は受けるのは3社目。
光栄とKDDIは見事に書類選考で落ちました。(笑
今回は広告代理店の営業ですけど
ナイトレジャー産業中心の求人広告とのことだったので
ズバリ 風俗だろうなと思って
面接に臨んだわけですが
バッチリ風俗でした。(照
ソープ ヘルス デリヘル イメクラ キャバなんかの広告がメインみたい。
っつうか 面接官は俺の年齢見ただけで
もう履歴書にも職務経歴書にも興味なしって感じでした。
受かる気もしねぇけど
受かっても やる気もしねぇな。(笑
たまたま リクナビに登録してある
俺のレジュメに対してスカウトが向こうから
かかったんだけどね。
んで 遊び半分で面接行ったんだけどね。
風俗嬢の斡旋して がめつく儲けるって印象でしたね。
風俗に身を落として没落してった女友達たちが
頭をぼんやり かすめて気分が悪くなったね。
一家の生計立てるために身売り
極度の男性不信でレズになっちゃった
金銭感覚と男性への意識が大きくズレて他の仕事はできなくなった
ヤクザの愛人になってシャブ漬け
ホストクラブにはまって借金まみれ
中絶を8回繰り返した
風呂場で赤ん坊を産み落として排水溝に詰まらせて殺して当人は発狂
色んな女友達見てきたけど
彼女達はいつもいいように利用されてたよなぁ。
当人達は一瞬でも男に求められることで
自分の存在意義や価値みたいなものを確かめていたようだけどね。
売春は人類最古の職業なんて言われてるし
俺も利用してたことのある人間だから
肯定も否定もしないけど
あまり斡旋に関わるのは
私的には気分がいいとは言えないな。
風俗嬢も当人が割り切っていて
誇りを持ってやっているのなら
何も文句はないですけど
端的に快楽やお金欲しさだけにやるのは
心に大きな傷を背負うと思いますよ。
内定貰っても 蹴る予定です。
2月6日
今日は病院に行ってきました。
薬がないと生活できない状態だし
しばらく通院生活は続きそうですね。
医療費がかさむので
自立支援の申請書の診断書発行をお願いしました。
色々悩んだよ。
自分が何者なのか。
何をすべきなのか
自分すら信じられなくなった人間は
どうやって生きていけばいいのか・・・。
うつ病に悶え苦しみ頭をもたげながら
色々考え尽くしたよ・・・。
God is Dead
俺はニーチェにはなれないし
彼を越えることもできなさそうだ。
ましてや彼の言う超人などには
とてもなれないな。(笑
ニーチェ自身もニヒリズムを提唱しつつも
そのニヒリズムに飲み込まれ
世間から疎まれ批判され孤独の中
息を引き取ったのだから。
でも俺は虚無から逃げたくない。
逃げちゃいけない見つめなきゃいけない現実だと思う。
闇に怯え闇から逃げ
闇に興味を抱き闇を追いかけ
そんなことの繰り返しだったけど。
闇こそ俺の性根であり根源であり
友である そんな気分にさせられる。
闇は人間のあらゆる負の感情をも内包している。
怒り 憎しみ 妬み 悲しみ 苦しみ。
これらに翻弄され悩み苦しんだ時期もあった。
でも もう俺の闇の中にあるのは静寂だけ。
悩み苦しみもがいてあがき続けた結果だ。
怒りも憎しみも妬みも悲しみも苦しみもない。
闇というより無と表現したほうが正しいかも知れない。
もうバカみたいに光を求めようとは思わない。
闇があるから そこに光も存在する。
つまり あらゆる負の感情を常に無として抱えていれば
逆にあらゆる正の感情を有として
察知し感じ取ることができる。
今までは闇の世界から逸脱しようと思ったけれど
出口は見つからない。
もう諦めて闇を受け入れ
同化すべきなんじゃないかと。
ダークサイドに生きる
ダークブラックな人間として
在るべきなんだと思う。
全ては闇から生じ
闇へと消えていく。
だからそこが俺が帰るべき
原点なんじゃないかと思えてくる。
根本的に
人生に意味なんてない
生きることに意味なんてない
生まれてきたことに意味なんてない。
意味があると信じたいのは理解できるが
全ては後付けで都合のいい生きるための解釈に過ぎない。
世界は虚無と混沌だ。
秩序や愛と平和になんて満ちてはいない。
人間が共存するために作り上げた虚像だ。
悪意と欺瞞が満ち溢れている。
そこから俺を守ってくれるのは
漆黒の『無闇』(むおんと命名する)と呼べる自我だけだ。
※むやみとは読みません むおんです。
無音 無怨とも言えるかも知れませんね。
それが今俺が苦しみ悩み続けた末
達した境地です。
布団に潜り続けて出た答えです。
誰かに学んだことでも教えてもらったことでもない
自分自身の経験から導き出した答えです。
無我の境地とは違います。
ちゃんと自我は残っていますからね。
虚無を抱え楽しむこと 『無闇』の境地を追求すること。
それを可能にし実現すること。
ニーチェすら成し得なかったこと。
っつっても ニーチェにはそんな概念はなかったか。(笑
俺は弱いし 甘い人間だし
矮小で臆病者だ。
誰よりも人間が好きで好きで
誰よりも人間が大嫌いだ。
誰よりも強く生きよう強く生きたい
そう願って生きた時期もあったよ。
でももう自分の弱い部分も
全部認めざるを得ないんだ。
自分の闇を受け入れること。
そして 自分の『無闇』を創造していくこと。
たったそれだけのことができずに
ずっと生きてきてしまったんだと思う。
『無闇』は俺を司る漆黒の核(コア)だ。
感受性を磨けば磨くほどに光を放つ漆黒のダイヤモンドだ。
このコアさえあれば 俺は何者でもいいんだ。
名前なんてものも要らない。
存在意義も存在証明もこれが全てだ。
誰かが俺を見て感じ得たものが全てだ。
やっと 俺は再び崩壊してしまっていた
自分の人格形成にたどり着くことができたよ。
都合のいい解釈だけど これが俺の答えです 悟りです。
これからの人生の指針になるものを
初めて自分の手で 手に入れた気がする。
長い悪夢から覚めた気分だ。
そんなことをある種の悟りにも
近いことを考えながら
部屋の壁に貼ってある
俺が敬愛している人物の1人
カート・コバーンの遺書を
久しぶりに手に取って ぼんやり眺めていたよ。
彼の遺書の内容はこうだ。
“聴くことにも創ることにも、もう随分長いこと興奮を覚えなくなっていた。
そういったことに、俺は言葉に尽くせぬ罪を感じている。
例えば楽屋にいると会場の照明が落ちて、
群衆の狂ったような叫びが聞こえてきても、
それは群衆の憧憬の念を愛し、
楽しんでいたらしいフレディ・マーキュリーに与えたような影響を、
俺には与えないんだ。
そのことは俺が、心から尊敬し、羨ましく思っていたことなんだ。
要するに、俺は君たち誰ひとり騙すわけにはいかないんだ。
君たちにとっても、俺にとってもフェアじやないから。
この思いをごまかして、
あたかも自分が100%楽しんでいるかのようなフリをするなんて、
俺が考え得る最悪の犯罪だ。
ステージに上がる前に、
タイム・カードを押した方がいいんじゃないかと思う時がある。
俺が、そして俺たちがたくさんの人間に影響を与え、
楽しませてきたんだという事実を喜べるように、
できるだけの努力はしたんだ。
俺はたぶん、独りでないと
物事を楽しめないナルシストってやつなんだ。
感受性が強すぎるんだよ。
かつて子供の頃に持っていた情熱を取り戻すには、もう少し鈍感になる必要がある。
ここ3回のツアーでは、個人的な知り合いや、
俺たちの音楽のファンを、
前よりずっとありがたく思えるようになっていた。
それでも俺は、みんなに対する不満、
罪悪感、そして同情から脱け出すことができなかった。
人間、誰しも長所がある。
俺はただ、人間を愛しすぎるんだ。
愛しすぎて、あまりにも情けない情けなくて、
ちっぽけで神経質な、歓迎されない女々しい魚座のジーザス野郎に思えてくる。
いい人生だったよ。
本当にいい人生だった。
ただ、俺は7歳の頃から人間全般に憎しみを抱くようになっていたんだ。
たぶん、単純に俺は人を愛しすぎ、人の気持ちがわかりすぎるからなんだろう。
今までにもらった手紙や思いやりに、
焼けただれた腹の底から礼を言うよ。
俺はどうしようもなく変人で気分屋だから、
もう情熱を失ってしまったんだ。覚えておいてくれ。
消え去るより、燃え尽きた方がいいんだってことを。
平和、愛、同情、カート・コバーン”
彼は自分を欺くことはできなかった。
自分に素直過ぎるほど誠実だったのだろう。
人間誰しも自分を騙し続けることはできない。
そして人に対する不信や憎悪とは裏腹に
心底 人を愛しているというジレンマ。
その罪悪感が彼を押し潰した。
本当に彼は自分自身が述べているように
感受性の強い人だったと俺は思う。
これだけ世界中の人に愛されつつも
彼は孤独と戦っていたんだなと思う。
いくら成功や富や名声を手にしても
当の本人が自分に納得できなければ
何の意味もなさないってこと。
孤独は特別なことでも何でもない。
人間全てが抱えていることで
何も俺やカートだけが感じていることじゃない。
孤独と向き合うために
大事なのは まず自分が許せるかってこと。
自分を信じられるかってこと。
人間誰しも自分を正当化して
都合のいい解釈をして自分勝手に生きている。
ただ 感受性の強い人間ほど
責任転嫁が下手くそなんだよね。
全部自分1人で背負い込んでしまう。
自分の持つ罪悪感にそれで押し潰されてしまう。
俺も一度は自らの死を覚悟したから
今は このときカートが何を感じていたのか
物凄く良く分かる。
誰もあなたに騙されてなんかいない
あなたが何も感じなくなってしまったのは
自分を許してあげられなかったからだ。
自分を信じてあげられなかったからだ。
ナルシスは確かに自分の姿に見とれて
溺れ死んだけれど
あなたは 自分に溺れてなんかいなかった。
感受性の強い人間ほど
罪の呵責に耐え切れず
感情を殺し 鈍感になりすましてしまう。
ある種の防衛本能かも知れないけれど
逆にそれが全ての感情を麻痺させて
自分自身を破壊してしまうんだ。
感度のいいアンテナほど
ノイズを拾い易いように
彼は人の痛みを察してしまえたんだろう。
彼は彼のいうように燃え尽きたんだろう。
俺の人生もくすぶりっぱなしだ。
俺もカートのように燃え尽きたいよ。

俺は『無闇』に生きる。
そして敢えて諸刃の剣とも言える
感受性をとことん磨き続けてやる。
誰よりも強い感受性を持ち闇を抱えながらも
情緒豊かで感情が溢れ出す
そして 創造性豊かで 心にゆとりを持つ
そういう人間になってやる。
ニーチェとカートの
弔い合戦だ。
それを実現するためにまだ死ねないな。
これで ひとまず
俺にも後付けの生きる意味って奴が
できたって訳だ めちゃくちゃ即席やなぁ。(笑
『無闇』か か、かっこ悪い定説だな。
もっとスマートなのなかったのかな・・・。
まぁ 俺自身が納得し
俺自身が救われればいいんだからどうでもいいか・・・。
誰にこの教えを説く訳でもないし
俺がこの世でたった一人の『無闇』の信者なのだから。(笑
※『無闇』(むおん)とは自我を形成する核の一つであり
あらゆる極限まで凝縮し高めた負の感情を無と捉え内包することで忍し留め
その無から あらゆる正の感情を有という光として発散するという考え方である。 WindWeif
まぁ もっと簡単な言葉に置き換えれば
ポジティブになろうと無理に考えずネガティブな感情を真摯に受け止めて
ネガティブな感情を圧縮してポジティブな感情として排出しちまおうってこと。
難しい学説でも何でもありません。
単純明快なことで誰でも気付いていそうな発見ですよ。
今更 俺はそれに改めて気付いただけです。(恥
恥ずかしい限りです。
2月5日
今日も元気に懲りずに寝逃げです。
全身ボサボサで冬眠しているクマみたいですが
ただの浮浪者です。(笑
最後に信じられるのは自分だけ
この言葉 もっともなんですけど
自分自身も信じられなくなった人間は
何を信じて生きればいいんでしょうか?
失ってみて分かるんですけど
何かを信じることって
とても大切なことなんですね。
例えそれが盲信だろうと
それが生きる支えになっているケースもあるのかな。
あなたは何を信じて生きていますか?
自分自身の存在や可能性を信じて生きていますか?
家族や友人を信じて生きていますか?
夢や目標を信じて生きていますか?
何かの神を崇め信じて生きていますか?
何かの占いを信じて生きていますか?
何かのジンクスを信じて生きていますか?
小さなことでも
信じてみることから始まることもある。
勿論信じることが必ずしも生きる支えにはならない。
裏切られて憎悪や不信に転換するリスクも伴う。
何かを信じ続けること。
言うのは簡単だけれど
継続するのは楽なことじゃないよね。
俺は無神論者だから
神仏を崇め尊ぶ習慣はないし
自分の可能性だけを信じて生きてきたつもりだ。
でも ポシャってみたら
自我は 呆気なく崩壊しちまった。
立ち直るには
まず自分自身を信じることから
始めなければいけないってことは分かってる。
でも それをするのに
何からどうすればいいのかが
皆目 見当がつかない。
自分自身がかすんで見える。
まるで幻みたいに。
生きているんだか
死んでいるんだか。
まぁ どちらでもいいし
どうでもいいんだけどね。
生きていたいなんていう欲求もないし
死に対する恐怖感もない。
今死んだって別にいいんです。
手元に拳銃があれば躊躇なく
自分の頭を撃ち抜けますよ。
失うものも守るべきものも
何もないですから。
生きていても死んでいても
それは同列ならば
逆に生きていることも死んでいることも一緒でしょ。
だからただ今は生きているだけですよ。
今死ななくても どうせいつかは死ぬしね。
何となくでもいいじゃないですか
そのうちにまた何かやりたいと思うかもだし。
今の俺に命の尊さや重さを説いても
無駄です。
何も信じていませんから。
誰の声も届きませんし響きません。
まぁ 毎日布団に潜っていれば
色んな記憶も感情も失われていきます。
自分勝手で都合のいい生き物ですよね
人間なんて。
話は変わりますが
昨晩 久しぶりに幻覚と幻聴にあいました。
いつも通り0時には床に入って
眠りについたんですけどね。
2時半くらいに目が覚めてしまって
ぼんやり暗い天井を眺めていたんです。
目も開いているし 瞬きもハッキリしていた。
そしたら天井が
上下左右対称的な4本のチューリップが生えている
ステンドグラスになったんです。
そこからは かなりの陽光が射し込んでいて
部屋は明るくなりました。
ガーガー音を立てて
ラジコンが俺の布団の周りを
グルグル回っている。
古い型のラジオがあって
おはよう ごきげんよう
おはよう ごきげんよう
おはよう ごきげんよう
おはよう ごきげんよう
おはよう ごきげんよう・・・
と 延々と男性のハッキリとした声で
がなりたてている。
どこかに人の気配を感じる。
良く耳を澄ますと
新聞をめくる音がする。
部屋の片隅に
初老の男性が座っていて
頭髪は白髪まじりのグレーで
新聞を読んでいる。
顔は新聞で隠れていて良く見えない。
俺はチューリップのステンドグラスに
目を戻し ずっと眺めていた。
気付くと辺りは闇に戻っていた。
恐怖というよりは
何か郷愁のようなものを感じたのかなぁ?
変な感覚だったなぁ。
まぁ 幻覚や幻聴は初めてじゃないし
久しぶりだったから ちょっと驚きはしたけど。
何か意味があったのかねぇ。
良く分からない。(笑
まぁ 夢と幻覚や幻聴の
発生時の脳のメカニズムは一緒のはずだから
起きている時に見るか眠っているときに見るかの
違いだけだけどね。
寝ぼけていたとも言えるし
白昼夢ってのも同じだしね。
特に深刻な問題でもないわ。
夢のメカニズムで起こる幻覚は
ちょっと常人には見れないだろうけど
視覚のメカニズムで起こる幻覚ならば
以下のURLですぐにでも見れると思うよ。
簡単 幻覚実験
まぁ 俺が見る幻覚とは
また別種のもんだけどね。
興味がある人は覗いてみるといいかも。
2月4日
今日も元気に寝逃げです。
ぼーっと過ごす。
まぁ まどろんでいるってとこでしょうか。
酩酊状態というかトランス状態というか
うまく表現できませんけどね。
ぼんやり 何も考えずに時間を過ごさないと
とてもじゃないが過ぎ去る時間の重さに耐え切れない。
全てからの現実逃避。
いや 違うなぁ
何が現実なのかも
今は良く分かりませんけど。
あるところに少年がいました。
その村には 人間の井戸と呼ばれる
深い深い井戸がありました。
その井戸の水は人の知識や感情の源泉であり象徴でした。
ある日少年は井戸の底に何があるのかを
知りたくて堪らなくなりました。
少年は井戸の底を見ようと身を乗り出しすぎて
深い深い井戸の底に落ちてしまいました。
さて そこで少年は一体何を感じ
何を考え 何を見たでしょうか。
その後少年がどこに行ったのか
行方を知る者はいない。
2月3日
鬼は外 福は内。
今日も1日中寝てました。
どうせなら冬眠したいね。
10年後くらいに起こして下さい。
自分で昨日の日記読んだけど
病んでるね。(笑
闇の深淵かぁ〜。
浦沢直樹氏の『MONSTER』みたいだねぇ。
実際この作品と出合ったときは
ヨハンに会いたいって思ったっけかなぁ。
君には何が見えているんだい?ってね。
生憎と俺の中にはヨハンのような怪物はいないけどね。
興味がある人は以下のURLから見れるので
見てみるといいかも。
MONSTER
crunchyrollで再生すると見やすいかも。
さてと また眠りにつくとしよう。
2月2日
お久しぶりです。
小まめに心配して下さって
ちょくちょく日記を覗いてくれている方々には
申し訳なく思っています。
生活は余り変わりません。
睡眠薬を処方してもらって
夜は必ず0時前に就寝するようにしています。
早朝4時〜5時くらいに一度目が覚め
布団の中で浅い眠りを繰り返し
10時〜11時くらいに体を起こし
調子がいいときだけ朝食(食パン2枚)を
口にします。
日中は基本的にずっと布団の中に潜って
何も考えないように ぼーっと過ごします。
夕食は必ずきちんと取るようにしています。
風呂には調子がいいときだけ入ってます。
頭はボサボサでフケまみれ
ヒゲはもじゃもじゃ。
布団を干しもしないし
風呂には この2〜3週間入ってないし
もう布団が茶色っつうか黒くて臭いです。
先月外出は犬の散歩とコンビニにでかけるだけ。
友人・知人には誰1人として会っていません。
通院は続けています。
今度の病院で告げられた病名は
うつ病です。
かかってきた病院ごとに
統合失調症
自律神経失調症
双極性障害
うつ病
と病名が異なるのですから
結局 俺は何なのか分からなくなります。
4年前過労死寸前で倒れた直後から比較すれば
症状が軽くなっているのは確かです。
幻覚や幻聴や幻臭に悩むこともない。
睡眠薬のおかげですが不眠に怯えることもない。
温度もちゃんと暑いか冷たいか感じることができる。
手の指先の震えも当時ほどひどくはない。
記憶が一時的に欠落することもない。
血便で貧血による一過性黒内症に悩むこともない。
胃のムカツキもほとんどありません。
でも倒れる以前の半年前から
ずっと血便が出ていたし
知らず知らずのうちに
体内に膨大に膨れ上がったストレスを
抱えていたのかも知れないですね。
所謂 ワーカホリック(仕事中毒)だったのかも知れませんね。
皮肉なことにアメリカ留学時代
私は心理学専攻で
卒業論文で書いたのが
日本人に多いワーカホリックを
テーマにしていたんですがね。
自分がなっているんじゃ
大バカ野郎ですね。
十代後半にも
一度ひどい鬱状態を
実は経験しているんです。
今の症状はそのときになった鬱状態と
似ているのかも知れませんね。
あまり記憶がないんですよ
その当時の。
覚えているのは
ただ闇の中に自分の思念体だけがあって
どこが上下で左右なのかも分からず
光の差すことのない
時間というものが全くない世界。
どれだけの時間が経っているのか
数秒なのか 永遠なのか
それすらも分からない。
肉体がないので
自分の体の部位を触って
自分が存在しているのかも分からない。
ひどく孤独で
とにかく苦しかった。
もう沢山だ
『殺してくれ 殺してくれ』
ずっとずっとずーーっと そう願っていた。
気付いたら 普通の生活に戻っていた。
どうやって そこから抜け出したのか
どうやって 這い上がったのか
それすら 良く覚えていないんだ。
今の状態も近いものがある。
孤独は人間を深い闇の深淵へと
案内してくれる。
自分の存在が認められないんだ。
まるで長い長い夢を見ているようだ。
毎日毎日布団の暗闇の中で過ごして
ただ じっと虚しく過ぎ去る時間に耐え続けている。
私の名前はWeif。
親がくれた名前だ
願いをこめて付けてくれた名だ。
私を知っている人は
私のことをWeifと呼ぶ。
私のことを知る人のいない土地へ行けば
私はWeifですと 名乗らなければ
誰も私がWeifだとは 分からない。
全ての物には
名前があるから
それが何かを皆で認識できる。
認識があるから秩序は成り立っている。
それが崩壊すれば そこはすぐに混沌に豹変する。
私にとって名前は意味を成さない。
皆がそう呼ぶから そうだと初めて認識できる。
第二者 第三者の存在なしに
自分がここに存在していることを
どうやって証明できますか?
水面や鏡に自分を映しこんで
ほら これが私だよ!!と叫んでも
誰一人周りにいなければ
それは一体誰に向けて訴えているんですか?
たった一人 孤独な世界にいて
一体 誰に対して自分の存在を知らせたり
証明して見せたりする必要があるんですか?
私に名前も経歴も思い出も必要ない。
というよりもたった一人の世界で
そんなものは全く意味を成さない。
じゃぁ 私は誰で?一体何者なの?
あなたは自分が何者なのか
自分の名前なしに答えられますか?
名前を与えられ
生活を与えられ
教育を受けることで
知識や経験を与えられ
モラルやルールを与えられ
生き長らえてきた。
自分で勝ち取ったものなんて
果たしてあったんだろうか。
今ある私の持っている様々な感情は
私自身が感じているものなのですか?
それとも誰かにそう感じるように
教えられたからですか?
人は皆 欲求や本能で生きていますか?
理性とは何でしょうか?
なぜ 生きている必要がある?
あなたは なぜ 何のために生きているんですか?
生きることは罪ですか?
誰しも業を背負って生きている。
死は悲しいですか?悪いことですか?
残された人間には悲しい出来事かも知れない
死んだ当人はどう感じているんだろうか?
ただ 誰かを愛し愛されたい
ただ 誰かを信じ信じられたい
ただ 誰かを認め認められたい
ただ 誰かを許し許されたい
そういう欲求は あなたにはありますか?
私もそういう生き方をしてきたつもりだ。
そう教えられて生きてきたから。
で?結局 私は何をすべきなんでしょうか?
好きなことって何?
好きなものって何?
私は何が好きで 何がしたかったんだ?
楽しかった思い出って何だろう?
思い浮かばない。
死を選択したとき
人生の終わりを見ることができますか?
私は孤独だ。
自分の過去にも未来にも興味がない。
終焉だけに興味がある。
そこで その瞬間に何が見えますか?
永遠の闇ですか?
無に帰るんですか?
何かとてつもなく素晴らしい景観を眺めることが
できますか?
こういうようなことを
十代後半に鬱になったときに
ずっとずっと考えていたっけなぁ〜。
今でも答えは見つけられていないよ。
この十代の鬱のあと 哲学や心理学に
物凄くのめりこんだっけか。
一生涯かけても きっと見つからないんだろうねぇ。
人生に意味がある
生まれてきたことには意味があるんだと
人は良く言うけれど
それが未だに理解できないし
実感できたことはない。
相変わらず 生まれて来ちゃってごめんなさいってとこだね。(笑
まぁ また気付かないうちに鬱も治っているのかもね。
誰かあなたに追い込みたい人間がいるのなら
その人間を完全なる孤独に突き落としてあげることだね。
手を下さずとも 完全なる孤独は人を死に追いやるよ。
俺はそんなこと誰にもしたくないけどね。
人生旅日記