2009年

9月


9月14日



映像製作会社からオファーが1件来ている。
プロダクションマネージャーをしてくれないかという
依頼です。



まぁ 映像製作における
進行業務とその管理の総括です。



でも 彼らが俺に抱いているイメージってのが
結局は昔の俺なんだよね。



安い月給(時給250円)で月500時間働いてくれるっつうね。(笑





過去の自分を越えられない情けない奴って考えてもいいけど
単純に労働時間を上回るってことは
また 自分を身の破滅に追いやるだけだと思ってます。





あと自分の体調管理もできない人間が
他の人間の管理をすべきじゃないよね。(笑





返事は少し考えさせて下さい。
精神状態も不安定ですので。










バイトは疲労困憊ながらも
何とかやっとります。



やりたいことも見つけなきゃだけど
なんとなーく ぼんやりと自分をまた見つめ直してます。





自分がこうなりたいと願う 理想の自分を思い描く。





自由になりてーなぁ。
何かに束縛され圧迫されているっていう
まぁ 被害妄想なのかもだけど
そんな毎日です。










映像業界で働いていて こんなことを述べるのは大きな矛盾ですが
既存の下らないメディアが 世の中の構図を象り彩りしていることに
すっげー 辟易してんだよね。





情報社会 インフォーメーションエイジとも呼ばれ
色んなマスメディアがこぞって 情報を垂れ流してっけど
正直もうどうでもいいと思いつつも
どこかで踊らされている自分がいるような気がするよ。



マスメディアはその作り手にとっては
道具 ツール 手段であるが
それに翻弄されるのは 情報を受け取る人間だ。
時には大きく世の中を左右する。



例えば マスメディアが世の中の根本・根源になって
何となくルールやモラルや価値観・道徳観を構築している。
これが今の世の中の混沌を司っているような気がするよ。





そういう現代社会の構図が
何となく気にくわねーなぁと思い始めたのは
やはり自分がマスメディアを担う
映像業界に入ってからだ。





例えば 活動写真が生まれ
それが映画という産業になり
それは急速に広まり 大きくプロパガンダに利用されてきた。



時代は進みそれはTVへ移行し
今はインターネット。





必ずしも全てに悪意がないとは言え
知らず知らずのうちに随分 洗脳されてんじゃねーのかなと。(笑





ガキの頃は 『魁!男塾』の民明書房刊と太公望書林刊に
よく騙されたけども。



まぁ 例えが極端だね。
でも民明はギャグで済まされるけども
それと変わらないことを
色んなマスメディアがやってやがるってこと。





だから俺はそういう流れを汲んでいる
映像業務は嫌いなんです。



芸術志向でもビジネス志向でもありませんけど
事実無根の報道番組だけは やりたくねーって思いますね。





でもまぁ 世の中他人の不幸が大好きな人間がいますから
そういう下らない番組が主流になってしまった。





そう考えると 俺のやりたい映像って
何なんだろうって思います。



TV業界にも映画業界にも もはや興味はなく
なんか独自の映像を作りたい。



別に奇を衒う気もないです。
斬新な新しい映像をどうこうって気もないです。
有名になりたいとも思わないし
作者不明でいいんですよ。



見てみたら なんか知らんけど元気が出たよ。
見た人がそう感じる映像を作る。



そんなおぼろげなイメージしか今はねぇっす。
静かにひっそり映像を作りたいなと。



まぁ およそビジネスとしては成り立たないし
趣味の領域なのかも知れないし
ただの自己満足がしてーのかも知れない。





もっと自由な映像製作をしたいかな 俺1人で。
もう めんどくせーんだもの 社会不適合人間だから
他人とどうこうってのは。(笑



自由にやりてー。
誰も支配したくもないし支配されたくもないし
誰の管理もしたくもないし管理されたくもないし
誰も束縛したくはないし束縛されたくもないんだ。



もっともっともっともっと 伸び伸びやりてー。
陶芸家が山のアトリエに1人こもって作品を生み出すように
俺も一人ぼっちで どっかにこもって ひっそりと何かしたいな。



何か物を作るのは しんどいことだが
楽しいことのような気もする。



金は当然稼げないだろうから
自給自足できるようなとこがいいなぁ。





静かな場所で静かに暮らして
静かに逝けたらいいなぁ。



結局 何言ってんだか 解んないね。(笑





要約すると
まぁ この社会が面白くもないし もはや興味もない。
世捨て人にでもなって
どっかで自給自足しながら なんか趣味に勤しんで
静かに死にたいなってことかな。



もっと簡単に言うと
ろくすっぽ生きてもいねぇし経験も浅い分際で
何かを達観し悟ったような勘違いをして
んでもって 世の中に対し疲れただけっす。



もう誰かに師事してもらっても仕方ねぇ気がするし
後は自分で勝手にやれっていう人生のターニングポイントなんだろうな。



様々な人の影響は勿論受けて生きてきた。
そこから俺自身で何ができるのかってこと。



だから自分の可能性を
今は静かな場所で見つめたいという我儘です。





今は色んなもんが うるさく感じてしまって
結局 馬鹿みてーに疲弊だけして
何も定まらない。



集中力がなさすぎるのが
疲労の原因じゃないのかとも
自分では思っています。





静かな場所で座禅を組むわけじゃねーけどさ
そういう環境が欲しいような気がします。



のんびり川のせせらぎを眺めていたり
燃え盛る炎をぼんやり眺めたり
何となく鳥のさえずりを聞いたり
何となく空を流れる雲を眺めたり



そんなことしながら 日々を過ごしたい。
あと温泉でもつかりたいかなぁ 紅葉でも見ながら。





若者の志向じゃねぇし じじいみてーだけど
今はそんな心境なんです。



また 何かをしたいという強烈な情熱でも噴出せば
せわしく動くこともあるかも知れねーけど
今は完全に 末期のジジイモードですね。(笑



でもまぁ 今はそれで いいんじゃねぇのかな。





9月10日



グダ男です。
グダ巻いてグダってます。





人間てのは 欲求ってもんがないと
ダメだなっての 痛感しとります。



別に何でもいいんです。
食欲でも睡眠欲でも性欲でも金銭欲でも。



それがあるってのは生きている証拠。
そして活力。





食欲が激減し 夜も眠れないことが多く
そのまま職場へ出勤し
疲れ切った惰性そのものの毎日を送っております。



腑抜けですね。



あらゆる欲求は生きることの原点。
浅ましいと指摘される欲求もあるかも知れませんが
生物として 欲求があるのは正しいことだと思います。





自分は頑固な男だと思い込んでいたのですが
実際はそうでもなかったのかも知れない。



この社会に適合しようと
あらゆる欲求 あらゆる自我を
人や世間の顔色を伺っては 押し殺し過ぎたのかも知れない。





いつもニコニコとヘラヘラと笑って
やり過ごして来た。



自分を抑えきれずに
他人と衝突するようなことは
ほとんどなかったように思う。





でも 絶対に曲げてはならない
骨太の信念ってのは あっていいんじゃないだろうか。
そこまで屈折湾曲させてまで
人に同調し合わせる必要はあるのだろうか。



時にはわがままだと それは受け止められるであろう。
協調性のない人間だと思われることもあるだろう。



でも貫き通さなければいけない
自分の核みてーなもんも 持っていなけりゃいけないんだと
今 自分を思い返している日々です。



そういうもんを常に表にむき出しにする必要もないし
アピールする必要もないんだけど
胸の奥深くには 常に刻んでおかねばならない。





日本という国は他国に比べて
協調性を美徳とし 重んじる国です。



それゆえ陥りやすいことなのかも知れない。
ちょっと俺は仕事において
現場が円滑に円満にと
他人に同調し 自我を押し殺しすぎたのかな
とも 思っている。





できるだけ自分の本心を吐露していたかと言うと
実はそうではなく 相手が望むであろう
最大限の模範解答を導き出して
心にもないことを言ってばかりいたような気もする。





そういうことを繰り返していると どうなるのか。
気づいたら自分ってもんが何なのかも解らないし
元々個性的な人間ではないにしろ
ますます 何の個も持たない人間になっていた。



魅力がまるでなく誰も寄り付かない人間は
沢山の人間の顔色を常に伺い
気分を害さないように取り入るようなことを
この社会で生きていくために繰り返す。



時にはそういう 強い自我を持たない人間も
組織という物には必要なのかも知れないが
自分に自信の持てない人間は
判断という物がまずできない。
ただの指示待ち人間。



ずっとこんな生き方を繰り返せば
俺はずっと 空っぽのまんまだ。
せめて自分で考え自分で行動し
人生を自分で選択していきたい。



それが自立するということではなかろうか?
勿論 ある程度の自由と同時に責任は伴うがね。





つまらない人生を送り
最後はため息を吐いて死ぬのかと思うと
最後くれー笑って死にたいと思った。



前々からずっと言っていたことだ。



俺は笑って死にてーんだ



あー そうだったなぁと自分でも納得。
これが今の俺のささやかな夢です。
じゃぁ 笑って死ぬには どうすりゃいいのか。



精一杯生きて 俺はやってやったぞ
ってことだと思う。





具体的に何なのかってとこまで
ハッキリとはわからねーんだが
まあ そういうことなんだろうな。



今ももう精一杯生きたって気持ちですが
それは諦め勝ちな満足感なのかな。



勝てない勝負をして負けました
仕方なく笑うしかなかった。
笑ってごまかすしかなかった。
今はそんな人生です。



とても心底笑って死ねる気分ではない。
どちらかと言えばため息だ。



そう考えたら今死んでも仕方ねぇのかなと。
今笑って死ねるのならば もう死んでもいいわと思うけどね。





とりあえず 年内 色々考えてみよう。
精一杯 頭をもたげてみよう。
俺のやりたい何かを探そう。
それが生涯をかけられるもんかはわかんねーけど
せめて食い扶持くれーは 何とかしなきゃな。



んで 年始から また動けばいい。





今のバイトは年内で辞める。
面白味は相変わらず感じないし
長居する理由もないよな。
リハビリでやってんだしよ。



俺はTV業界には向いてないってのも痛感してる。(笑
世の中のことに疎いしね。





9月4日



こんちゃす。



お生憎様で まだ生きています。
アルバイトも続けております。



何をやっても疲れる有様で
グダグダやっとります。
あまり 芳しい精神状態ではないよね。





ディレクターには
契約社員になる道もあるよ
と 勧められましたが



何の情熱も持ち合わせていないような人間が
いていい現場とは思えませんので。(笑





少なくとも幼い女の子達に
夢や希望を与える番組だし



彼女達も番組に登場するキャラクター達を
心底 愛してくれてますからね。





毎週 放送を楽しみにしていてくれるファンがいるってのは
番組の製作陣にとっては 冥利に尽きるのではないでしょうか。










何かこう 欲求や意欲が沸いてくる
というスタンスに持って行きたいのだけれど
何のイメージも沸いては来ない。





むしろ もう人生に満足してしまっている自分がいて
これ以上生き長らえたいとも思わない。





もう十分生きただろって感じです。
やりたいことも何もないし
悔いることもないし
やり残したこともない。
会いたい人もいない。



世の中に残したいこともないです。
伝えたいこともないです。





ありがとうございました
と それだけです。





頭をもたげて ただただ疲れ切っている生活にウンザリです。
何か少しでも 楽しいと思えるようなことがあればいいんだけど
とにかく惰性で時間が過ぎることだけで
日々過ごしちゃってますね。



これじゃ ますます疲れるだけだよね。
アルバイトも何もしねーよりゃいいだろってだけです。



趣味でも作らないと イカンよなぁ〜。



どうなんだろう。
このまま ぼんやり何の考えもなく
無駄にアルバイトで過ごして行っていいのだろうか。



一度 精神病院に入院したほうがいいのだろうか。



それとも 完全に世の中と別離して
どっかの山奥や無人島で
1人で生きたほうがいいんじゃないかと。



それで野垂れ死ぬのなら本望だし
逆に何か生きる意欲が沸いて来るかも知れない。





環境をガラっと変えることで
何か刺激は得られるだろうか。





とにかく だらだらのんべんだらりと過ごすことしかできないような
疲れた人間を相手にしている人間も疲れてしまうよね。



家族にも友人にも申し訳ねっす。






人生旅日記