『タンポポ』







打つのがだるいな。
なんでこんなバイト選んじゃったんだろう。


まぁ 楽っつえば楽だけどさ。
時として罪悪感すら感じることもあるよ。
誰かを騙しているような気分になるし。


こんな俺にも少しは理性のかけらがまだあるのかな。


でも顔の見えない相手にちょっとした暇つぶしや、
希望を与えているんじゃないのかな?


最近はそう思うようにしている。





今盛んにメールしてくる男が一名。
お得意さんって奴だ。


よくもまぁ懲りずに、くだらないいやらしいメールを
生真面目に送ってこれるなぁ。


他にやることないのかね?こういう人達って。
こんなんで、落ちちゃう女の子とかいるわけ?
俺は絶対いないと思ってるんだけど。


でもそれなりの返事をしてあげないと、
もうメールをしてこなくなっちゃうからなぁ。


はー めんどくせー。






<返事遅れてごめんね 今バイト中なの。前に言ったメイドカフェね。>


<ここのユニフォームって地味なようで結構えぐいのよね。>


なーんて 打ちながら適当に用意しておいた写メールを貼る。
結構俺好みの写真を見つけておいた。


俺自身も少しは楽しまないとな。


タバコに火をつけて、
残りのメッセージを一気にぶち込んだ。


<今度お食事行きましょうよ。
夜景の見えるラウンジとかがいいなぁー。(はぁと>


ふぅー 送信。
あれ 灰皿どこだっけか?


え?もう?
送って30秒くらいで返してきやがった。


あれ どうしたんだこいつ?
いつも生真面目にふざけたメールを送ってくるのに。


<ごめんなさい 嘘をついてました。>


いや ある意味いつもよりもふざけたメールだな。
力任せにタバコを灰皿にギュッと押し付けた。


俺を挑発してんのか コイツは。
いいだろう 望むところだ。


<嘘って何が?>


どんな返事をしてくるか楽しみだな。










<実は僕は外人じゃないし、
お金持ちでもないし、
大企業の社長でもない。
今まで嘘ついてごめんなさい。>


最初から、誰がそんなものを信じるかよ。
飲みかけの缶コーヒーを思わず吹いてしまった。


こんなスケベメールに手を出しておいて、
何寝ぼけたこと言ってやがる。


散々おかしな奴は見てきたけど、
久しぶりに暇つぶしになりそうなのに当たったな。


こういうのには係わらないほうが身のためだが、
何かコイツにはちょっと興味がわいた。


<正直に打ち明けてくれて どうもありがとう。
でも何で嘘なんかついたの?>


バカな女演じるのも楽じゃないよ。
でも大分板についてきたんじゃないかな。










<○月○日○時に 僕は死ぬことに決めました。
もう生きることに疲れてしまいました。
最後にお願いがあります。


僕の最後を見取って欲しいのです。
誰からも認められず、誰からも愛されずに今日まで生きてきました。


少しでも僕なんかのために相手をしてくれた
あなたにだけ最後を見届けて欲しいのです。>


こいつ何言ってんだ?
世の中じゃ3秒に1人死んでるんだ。


お前がここで死んだところで、
世の中何一つ影響ねぇよ、


安心して逝ってくれ。





早く死ねよ、と言いたかったが
人の死ぬ瞬間が見られるかも知れないと思うと、
ちょっと心が揺れ動いた。


<分かりました。私があなたの最後の証人になりましょう。
必ず行きますから場所を教えて下さい。>


いい加減、俺がサクラだって気付けよ。
こんな女いるわけないだろ。
そんな願いも虚しく返信は、しっかりきた。


<○月○日○時 △町の△ビルの屋上から飛び降ります。>


ちょっと待て。こんなバカ正直な奴がいるわけがない。
むしろ騙されているのは俺の方じゃないのか?


ここに呼び出されて、ノコノコ出掛けていったら、
何か事件に巻き込まれそうな気がしてきた。





でもこのことを知っているのは、この世で俺しかいない。
このオッサンが他の人間に口外していなければの話だが。


一週間が経ち、結局俺は現場に足を運ぶことにした。
毎日が退屈で仕方ねぇし、
とくにやりたいこともない。


人間が死ぬ所が見られるかも知れないという
好奇心だけで足が動いていた。


遠目から様子を見る分には大丈夫だろう。










△町はどちらかというと、
それほど賑やかな町ではない。


駅前は商店街からなっており、
高層ビルが立ち並ぶような町ではない。


また、若者がうろつく町でもなく、
どちらかと言えばジジババが多い。


買い物をしようにも、
ろくな店がないので、
通り過ぎる事はあっても、
この町で何かをした記憶はほとんどない。


そんな町だから、おっさんも目立たないだろうと
この町を選んだのかも知れない。


遠くから飛び降りを見たいと思って、
わざわざ双眼鏡を購入しておいた。


△ビルが見える位置にある公園も調べておいた。


そして、迎えた当日。
何度かネットで、人が死ぬ動画を見たことがあるが、
生で見られるチャンスは早々ないだろう。


おかげで今日はいつもより、少し早起きだった。


公園に着くと早速双眼鏡を取り出し、
問題のビルの屋上を眺めてみる。


今のところ、何の人影も見当たらない。
時間まであと少しだ。


この辺りには、それほど高い建物はない。


近くのマンションや会社のオフィスビルなどを、
暇つぶしに双眼鏡で眺めてみる。


特に面白い眺めはなかった。


しばらくすると、屋上のフェンス越しに、
何やら怪しい人影が現れた。


あれがオッサンかな?


お世辞にも美男子とは言えないくたびれた感じの
腹が少し出っ張ったオッサンだ。


まぁどこにでもいそうなオッサンだ、大して珍しくもない。


どうせ死ぬならどんな格好でもいい気がするんだが、
くたびれたスーツをわざわざご丁寧に着込んでいる。




なんか特に演出があるわけでもないし、面白くもない。




おっさんが靴を揃えて脱いで、裸足になった。
何で飛び降りする人は靴を脱ぐんだろう?
綺麗に揃えて脱いだ革靴がイメージできた。


意を決したように、フェンスを登り始めた。


が、フェンスをまたいでからは、まるで進展がない。
プルプル小刻みに震えている。


早く飛び降りろよ、こっちはせっかく見に来てやっているんだ。


不安定なフェンスの上から、どういうわけか降りられないでいる。


どうした、もうおしまいかよ。
死を決した人間てこんなもんかよ。


<見ているよ。>


とだけ メールしたが、オッサンはそれどころじゃないようだ。


俺はこのオッサンを後押ししてあげたくなって、
自然とビルに向かって歩を進めていた。


ビルのふもとに着くと、少しの人だかりができていて、
口早に警察を呼ぼうなどと話しているのが聞こえる。
オッサンはもう人目についてしまったのか。


近隣の住民だろうか?
確かに近所で人が死んだら、いい気はしないんだろうなぁ。



何やら生暖かい突風が吹いた。
汗を催す気持ち悪い風だなと思った。


まだ飛び降りていないだろうな?
一度屋上を見上げ確認し、
足早に人だかりをはねのけて再びビルの入り口に顔を向けた。





その一瞬、自分が影で覆われていくのが分かった。





すべての時間がゆっくりと流れ始める。


今日の天気予報でも、
空からオッサンが降って来るとは言ってなかったはずだ。


来なきゃ良かったよ。
嫌な予感はしていたんだ。










ゆっくりと何かがグシャリと潰れる音がした・・。





















どれくらいの時間が経過したのだろう。
とにかく頭が痛い。


病院なのか?
部屋の明るさがどぎつい。
昼間なのか?夜なのか?


誰かが顔を覗き込んでいる。
どこかで見た顔だ。


「大輝 良かった目が覚めたのね!」


女の甲高い声が部屋に響く。
そのあと、慌しく、誰かを盛んに呼んでいる。


うるせぇ、頭が割れそうだ。
白衣を着た人間達が数名入ってきて、
おめでとうなどと、心にもないことを口にしている。


何やら体の隅々をいじられた。
彼らが部屋を去ると、今度は女が堰を切ったように喋り始める。
少しは黙れないのか、この女は。


一方的な感情で、今まであったことを捲くし立てるように喋っている。
おまけに涙まで流している。


俺は何をしているんだ ここで。
体が痛くてベッドから起き上がることもできない。


左腕には何やらギプスがはめられていて、
むず痒いったらありゃしない。
今すぐむしり取りたい衝動に駆られる。










今何月何日なんだろう。


「今、何月何日なんだ?」


仕方なく口を開いた。
喋った!!とばかりに女は目を輝かせて再び興奮し出す。
ちっ 聞かなきゃ良かった。


女は興奮が冷めた頃、思い出したように、
今日が何月何日であるかを告げた。


2週間くらい、俺は眠っていたようだ。
オッサンはどうなっただろう?


とりあえず、眠くて堪らない。
瞳を閉じると、すぐに意識は薄れていった。










再び目を覚ましたとき、
大袈裟に包帯を巻いたオッサンが
俺の顔を覗き込んでいた。


僕が死ねば良かったんだと突然泣き出す始末。
激昂するのはいいが、頼むから俺のベッドを揺らすな。


体のあちこちが痛くて、堪らない。


看護婦がオッサンを叱りつけ、
病室の外へ連れて行ってしまった。


まさか、同じ病院に収容されているとは。


看護婦が次の検査で異常がなければ、
退院できると告げて行った。


幸い大した怪我じゃない。
頭部に異常がないことさえ、
ハッキリすればすぐにでも退院できそうだ。


退屈で仕方ないが、もっと退屈な高校生活と何ら変わりはない。


今度は、女がやってきた。
何が食べたい?などと仕切りに聞いてくる。
うるさいので、ずっと寝たふりをしていた。


思い出したように、携帯を持って来てくれとだけ、
女にお願いした。


病院内での使用は禁止されているから、
おおっぴらには使えないだろうな。


明くる日、女が携帯を持ってきたので、
邪魔だと押しのけて、屋上へ出た。


節々が痛いが、一応右腕はいう事を利くみたいだ。
あーあ 随分とメールがたまってやがるなぁ。


これじゃサクラのバイトもクビだろうな。










屋上に出て、女に買ってきてもらったタバコを
ふかしながらメールの着信履歴を眺める。


ろくでもないメールばっかりだな。
オッサンにでもメールしてみるか。


<助かったみたいだね。生きろってことなのかもね。>


ふざけるな、俺が下敷きになったおかげで、
あんたは生きてるんだ、
と怒りをぶつけたかったが、
何故かアホらしくて、そんな気にもならなかった。


<ありがとう。幸か不幸か助かってしまいました。
とにかく、生きてみようと思います。
2度死ぬ勇気はありません。>


助かってしまいました、 か。
くそったれ。勝手にしろ。
なんだか俺は物凄い損した気分なのに、
どういう訳か、そこまで怒りを覚えない。








屋上から戻る途中に、包帯まみれのオッサンがいた。
幸いオッサンも大した怪我じゃなさそうだ。


何やら手すりにつかまって、
首をこすりつけながら、フンフン鼻を鳴らしている。


リハビリなんて、まだ早いんじゃないのか。
どうせまた、看護婦の制止も聞かずに無茶やってんじゃないのかな。


自分の病室に帰るには、ここは通らなければならず、
とにかく目を合わせないように、
気付かれないように通り過ぎたつもりだった。


ゴンっと何か鈍い音がした。
振り返っても、絶対いいことはないだろうな、
と思いつつも振り返ってしまった。


そこには、誰もいない。
窓だけが開いていて、さわやかな風が吹き込んでいる。


慌てて、窓に駆け寄り、窓の下を眺めた。


窓の外の庇に、オッサンの姿があった。
仕方ねぇなぁ。


つかまれよ。


と 手を差し伸べる。
オッサンはビクビクしながら、俺の腕に掴まる。
中に引き入れると、おっさんは、よっぽど恐かったのか、ずっと震えていた。
しかも、何か股間が濡れている。


だせー。
格好悪いったら、ありゃしねぇよ。


そりゃ一回飛び降りて死のうとしたんだから、
当たり前と言えば、当たり前か。


トラウマになっているんだろうな。
死ねなかったことに。


いっその事、俺が今突き落として、殺してやれば良かったのかな。


看護婦が、大勢駆け寄ってきて、オッサンを病室に連行していった。


ちょっとした逮捕劇だな。











病室に戻ると、女が待っていた。


『大輝 どこ行ってたの?』


心配そうに俺の顔を覗き込む。


うっせぇなぁー。
ガキの頃からいつもこれだ。


こんな女だから、
親父も他に女を作って出て行ったんだ。
どうしようもないダメ女だ。


私にはもうあなたしかいないのって顔して、
いつも接して来るのだから、こっちとしては堪らないよ。


淋しいのなら、とっとと再婚すりゃいいんだ。


確かに2人家族だし、気持ちは分からないでもない。


『仕事はいいのか?』


スナックのママなんて、ろくな仕事じゃねぇけど、良くも懲りずにやっているよ。


『今日は愛ちゃんにお店を任せてあるから、大丈夫よ。』


『今は1人になりたいんだ。帰ってくれねぇかな?』


女は、何か言いたそうな顔をして、今にも泣きそうだ。
俺を一瞥してから、踵を返して、病室を後にした。


あーあー だりいな、何もかもが。
病院の食事もまずくてかなわん。


ふざけて、若い看護婦の尻を、
携帯のカメラで撮っていたら、怒られた。


『もちっと ましな飯ないの?』


『栄養を考えて作ってあります。残さず食べて下さいね!!』


名札を見ると、勝村と書かれている。


『勝村さんが、じゃぁ、あーんして食べさせてくれよ。』


勝村さんが傍に来て、スプーンにおかずを掬ってくれた。


『お、気が利くね。』


病室にいる他の患者が羨ましそうに、こちらを見ている。


へへへ、俺は口をあんぐりと開けた。


勢いよく、喉元まで、スプーンが突き刺さった。


うげれっ。


俺は苦しくて、吐いてしまった。
部屋の患者達が大笑いしている。


ちっきしょー このアマ!
見せ物じゃねぇぞ!!と、他の患者を一喝してやった。


勝村は、ニッコリと一回微笑むと、病室から去って行った。


くっそー 今に覚えていろよ。










次の日、警察が事情聴取に来た。
白衣を着た奴が、何やら警察に色々と注意事項を述べている。
大方、患者を興奮させないようにとか、そんなとこだろ。


私服警官が事故現場のことを、色々聞いてきた。
俺はたまたま通り掛かっただけと、一点張りで通した。


オッサンからは、自殺しようと思ったと聞いているらしく、
そこまで突っ込まれることはなかった。










それから、3日後。
最後の検査が終わり、俺は自宅療養になった。


女がブツブツ言いながら、荷物をまとめている。
お世話になりましたと、白衣を着た連中にペコペコ頭を下げている。


強引に女が俺の頭を押し付ける。
俺は、かったるくて、目線を病室の外に向けた。






入り口にオッサンと勝村がいた。


『田中さんが最後に挨拶したいってさ。』


勝村がムカつく笑顔で言った。
オッサンは何やらオドオドしている。


女がオッサンに、凄い形相で迫って、
これでもかってくらいの罵詈雑言を浴びせている。


ほら見てみろ。
また、オッサンが泣き出しちゃったじゃないか。


勝村がオッサンの背中をさすっている。
アホらしい。


オッサンは俺の目の前まで来ると、
号泣しながら、何かブツブツ言っている。


ハッキリ喋れよ。
何言ってるかサッパリわからねぇよ。


オッサンが一枚の名刺を俺の手に握らせてきた。
涙で濡れていたし、グッチャグチャに折れ曲がった名刺だった。


受け取った名刺を折るってのは、
失礼なことだと知っているけれど、自分で折るなよなぁ。


田中製作所と書かれている。
何かの工場かな?
きっと借金でも背負って、自殺を試みたんだろう。


女が突然オッサンに、
平手打ちをかますと、病室の皆が止めに入った。


やりすぎ。
オッサンはとうとう、床に這い蹲って号泣しているじゃないか。


俺はオッサンに向かって、
どういうわけか、頭を下げた。














家に帰ると、散らかっていた部屋が綺麗に片付いていた。
しかも、カーテンの柄まで変わっている。


趣味の悪いピンク色だ。
いい加減、子離れしろよ・・・。










俺はぼんやりと携帯を眺めていたが、意を決してメールした。


何だかそういう気になったんだ。


全ての事実をオッサンに告げた。
しばらくメールは返ってこなかったんだが、
オッサンが退院した日にメールは返ってきた。


<大変申し訳ないことをした。挨拶に伺います。>











数日後、オッサンが例のくたびれたスーツを着て、
手土産に饅頭を持って、家に挨拶に来た。


饅頭かよ・・。
だせー。


女がいきなり、オッサンに塩を力一杯ぶつけていた。
金きり声で何やら叫んでいるが、
どうにかなだめて、オッサンを部屋に上げた。


とりあえず、コンビニで茶を買ってきて、
オッサンに出したんだが、
ずっと泣いていて、話にならない。


しかも、部屋に入ってずっと正座したままだ。
床にこすりつけるように、何度土下座したことか。
もう頭を上げてくださいと言うのも疲れたよ。


オッサンは、やっとこさ、喋りだした。


事業が失敗し倒産したこと。
家族は呆れて実家に帰ってしまったこと。
借金取りの執拗な催促に怯えていること。


寂しさや辛さを紛らわすために、
出会い系メールを始めたこと。


それで、ゆりこさんに救われたと。


そのゆりこさんってのは、辞めてくれ。
女に知れたら堪らないよ。
単なるバイトの数ある内の通り名だ。


そして、再起するために頑張るとだけ、告げて部屋を出ていった。



女が帰りがけのオッサンに、また塩をぶつけている。


ひでーな あの女は。
絶対敵にはしたくないね。
苦笑いしながら、オッサンの背中を窓から見送った。















数週間、俺は学校にも行かずに、時を過ごしたが、
どういうわけか、オッサンのその後が気になり、
とうとう机から折れ曲がった汚い名刺を引っ張りだした。













汚い家だなぁ。


『ごめんくださーい。』


大声で何度も挨拶しているのに、
一向に誰も出てくる様子はない。


工場と家は連結しているので、工場の方へ行ってみた。


工場は開いていたので、中に入ってみる。
奥のほうで、何やら人の気配がするので、行ってみた。


思わず息を飲んだ。
3人くらいの柄の悪い男が、
床に這い蹲るオッサンを何度も何度も蹴り上げていた。


しかも、俺が気になったのは、オッサンを蹴り上げる男の中の1人だ。


俺はこの男を良く知っている。


幼少の頃、母と俺に良く暴力を振るった男だ。
忘れるわけがない。


メラメラと当時の殺意がこみ上げて来る。


対象を失うことで、俺は憎しみをいつも母に向けてきたが、
今その対象が目の前にいる。


気付いたときには、
近くにあった鉄パイプを握り締めていた。


静かに3人の男に歩み寄ると、俺は力の限り、
鉄パイプをその男の後頭部めがけて振り下ろした。















何回振り下ろしたことだろう。


俺はこの男のせいで、今まで苦しんできた。
どれだけの感情を押し殺して生きてきたことだろう。


目の前が、ただただ真っ赤だ。


他の2人の男は、人殺しと叫んでこの場を立ち去った。


我に返ったときには、鉄パイプで打ち倒した男は、
グッタリとしていて、息をしている様子もない。


左手のギプスが真っ赤な返り血で染まっている。


目の前には怯え切って、何かを拝んでいるオッサンがいた。

















やっちまった・・・。



















少年院の門をくぐると、
そこにはオッサンと女が迎えに来ていた。


殺人を犯しはしたが、親父の愚行と照らし合わせた結果、
俺は数年で出所できることになった。


こればっかりは、親父に感謝だな。


そして、どういうわけかオッサンと女は結婚しちまった。
まだ、保護観察付きだが、俺はオッサンの工場で、
見習いとして働くことになった。


少年院にいる間、随分とオッサンの手紙に励まされたもんだ。
俺は実の父親の愛を知らないが、悪くねぇなって思ったよ。


メールもいいけど、手紙のほうが温かみがあって、俺は好きだな。


柄にもなく、返事を夢中で書いたよ。









女が俺とオッサンの間に入って、手を握って来た。
親子3人で手を繋ぐなんて、気持ち悪いが、まぁ悪くねぇな。







路傍に咲くタンポポが俺たち3人を祝福してくれているように見えた。




















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