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ハックルベリー・フェロウズ(Huckleberry Fellows)






<13>





朝起きると腫れあがった顔が痛くて
顔を洗うのも容易ではなかった。


ボッコリごつごつした顔は
まるで自分の顔ではないようだ。


まるで男爵イモか お岩さんだな。
ヘヘヘっと 鏡の自分に笑ってみせる。


笑うと傷口が開いて痛い・・・。
不用意に今日は笑えないなぁ。


しかも こんな顔して登校するのも嫌だなぁ。
格好悪いよ。


今日は休もうかなと ふと思った。


でも ゲンのことが心配で
早く家を出て双子の家にも寄りたい。


朝食は
父と顔を合わせるのが嫌なので
食卓へは顔を出さずに


ランドセルを背負うと
すぐに家を出ることにした。


玄関先で靴を履いていると
そんなことを察してか
母がおにぎりを持たせてくれた。


母さんありがとうと言って
僕は勢い良く家を飛び出した。


気をつけてね
と 母が玄関先まで見送ってくれた。


歩き出すとすぐに おにぎりの包みを開けた。


口を開いたり 物を食べること自体
傷に染みるが 母が握ってくれたおにぎりを
口一杯に 頬張りながら 双子の家へ向かった。


何だか 母の苦労が色々身に染みて
そんなおにぎりを食べていたら 自然と涙がこぼれた。






双子の家に着くと
お早うございますと
腫れあがった顔をこおばらせながら
大きな声で挨拶をした。


すると 親方が家の裏から顔を出した。


久しぶりに見たが
組の紋が入った法被は相変わらず様になっていて
息子のことなど まるで気にかけていないように
意気揚々としていた。


おー 坊主かぁ 随分朝はえーじゃねぇか。
うちのバカ息子を心配して わざわざ来てくれたのか?


今日1日様子を見れば大丈夫そうだから
余計な心配すんな。


しっかし ひでぇなその顔は
父親と殴り合いでもしたのか?


と 親方はニヤリと口元を歪めて
図星を突いてきた。


転んだんですとだけ言っておいた。



親方は 僕が想像するに
きっと昔はやんちゃで
人とも殴り合いをしたんだろうな。


だから 僕の顔を一目見て
それが何で出来た傷なのか
容易に察することが出来たのだろう。


僕は 痛みの走る顔を精一杯
ほころばせて 大丈夫ですから と言ってみせると
親方も ニッコリ微笑み返してくれた。




玄関から ロクがランドセルを背負って出てきた。
まず 僕の顔の腫れに驚いていたが
ロクにはちゃんと事情を説明してあげた。


お前も大変だなぁと
笑いながら答えていたが
その笑みには 僕を心配する表情も含まれていた。


ロクもゲンも悪さをすれば
親方に手をあげられることはあるそうだ。


但し いつも親方が正しく
筋が通っているので
殴られても それを暴力だとは
2人とも思っていないんだそうだ。


それに比べたら
うちの父の暴力は
やっぱり何の筋も通っていない気もする。


少なくとも お酒を飲まなければ
家族に暴力を振るうこともないし
早く お酒に逃げることを辞めて欲しいと切に願う。





一緒に登校しながら
その後のゲンの様子を聞いた。


あの後 病院で意識を取り戻し
大丈夫そうだとのこと。



そうだよなぁ。
あのゲンがそう簡単に
くたばるわけがない。


ロクも大きく頷くと
2人で目を合わせて
声を出して笑った。


傷口が傷むが
僕は元気でアホないつものゲンを想像したら
笑うことを堪え切れなかった。


大地のことで すでに学校の皆は心配しているので
ゲンのことは学校では内緒にしようと
いうことになった。






登校してすぐにクラスの皆に
顔の腫れについて訊ねられたが
階段から落ちたと 笑って話した。


あとは 昨日見舞いに行った大地のことについて
色々 訊ねられたが 元気そうだよと 嘘をついてしまった。


あの痩せ細って 骨ばった大地の手を握ったときの感覚。
どうもそれが自分の手の感触の中に 痛々しい温もりとして
残ってしまっていて そんな嘘をついてしまった。



里佳だけは 僕の顔の腫れは階段から落ちたわけじゃないと察したようで
その顔大丈夫なの?と 触ろうとしてくるので
手を払いのけてやった。



里佳は せっかく心配してあげているのにと
プクッとむくれた顔をしていたが
それに対し 僕は大丈夫だよと
わざと ムカつく笑顔を浮かべてやった。



里佳は もう知らないからと言って
その場を離れて行った。




今日はチューはしてくれないのか?
と聞くと 振り返った彼女のプクッと怒った顔が
余計 むくれていくように見えた。


僕は1人思い出したように
まるで 河豚みたいだなと思った。











その日の授業中は
ずうっと考え事をしていて
気付けばもう 放課後だった。



放課後はロクと一緒に
ゲンの見舞いに行った。


ゲンの病室が何か慌しい。


ゲンの身に何かあったんじゃないかと
僕とロクは心配になって
近くにいた看護婦さんに聞くと


お昼までは確かに
大人しく病室のベッドにいたのに


いつの間にか抜け出して
いなくなっていたそうだ。


僕とロクは顔を見合わせると
それが一大事であるにも関わらず
いつものゲンに戻った気がして
自然と笑みがこぼれていた。


行き先は察しが着く。



この病院にある別の病棟に違いない。
そこには もう1人僕達の親友がいるのだから。



その病室へ急いでロクと一緒に向かった。



すると そこはもっと大騒ぎになっていた。
大笑いする大地の声と看護婦の悲鳴が部屋中に響いていて
必死に病室内を駆け回るゲンの姿があった。


ゲンは僕達の姿を見つけると
お前らも早く早く!!と叫んだ。


昨日 救急車で運ばれた人間とは想像もつかない
機敏な動きをしている。


部屋に入ると 何が起こっているのか
察してはいたが まさか本当にこうなっているとは・・・。



病院を抜け出して 一度家に戻ったゲンが
大地のお見舞いとして
ダンボール一杯に詰め込んだコオロギを持って来て
病室に全部放したのだ・・・。



まるで悪夢だ・・・。



数匹ずつ捕まえては ダンボールに戻してはいるが
これでは 埒が明かない。


看護婦がコオロギをスリッパで叩き潰すと
ゲンは激怒した。


コオロギは全部大地の物だ
一匹も殺すな!!



大地は それを聞いて
笑うのを辞めたかと思うと
神妙で真面目な面持ちになったかと思えば

やつれた顔を引きつらせて
迷惑で困った表情を浮かべながらも


友人思いのゲンに対し
何か感謝しているようにも見えたし
乾いた瞳が 少し潤んでいるようにも見えた。


彼は病室のベッドから起き上がれるわけでもなく
ただただ その騒ぎをベッドに横になったまま
眺めていた。


僕達は一生懸命 無我夢中で
コオロギの回収に勤しんだ。


おい そっちに逃げたぞ。


あっちのカーテンの裏に入ったぞ。


いや そこのベッドのシーツの中にも。


皆まさに てんてこ舞いで
一生懸命コオロギを捕まえた。


人生で こんなに一生懸命
コオロギを捕まえることなんて
めったにないんじゃなかろうか。


一匹 若い看護婦のスカート内にコオロギが侵入し
悪気はないにしろ ゲンが夢中でそのスカートをめくって
看護婦に キャーと 引っ叩かれたときには
病室中が大爆笑だった。


大人の女性のパンツなんて
僕もロクも余り見たことがなかったので
ちょっと 興味津々だった。


大地だけが ただ1人看護婦さんに
ペコリと頭を下げていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。
ようやく コオロギを回収し終わった。






ゲンは少し懲りたのか
看護婦にガムテープを借りて
ダンボールをグルグル巻きにしていた。


乱暴にダンボールを担ぎあげると


『んじゃ 大地プレゼントだ 受け取ってくれ!!』


ゲンは今までのことは何事もなかったかのように
これでもかってくらい男らしく胸を張って言うと
ドスンと大地のベッドの上に置いた。


大地は困った表情をして


『プレゼントなら かわいいリボンの一つくらいかけてくれよ。』


と 冗談を言うと
僕とロクは腹を抱えて笑った。



ゲンはふざけるな
俺がどれだけ苦労して集めたと思っているんだ
と 怒り出したが


それを諭すように大地は静かな口調で言った。


俺は今 病院という檻に閉じ込められている
何の自由も利かないし ずっとこの病室にいる。
正直もう疲れてしまったよ。


だから コオロギは せめて自由にしてやってくれないか?


ゲンは ガッカリしたように一瞬だけ肩を落としたが
自分が同じ目にあったら きっと我慢できないことを
感じ入ったのだろう コクリと大きく頷いた。


そして おもむろに
丹念にグルグルにダンボールに
巻いたガムテープを
また その場で剥がそうとし始めたので
病室にいた全員が慌てて 止めに入った。


本当にコイツは何も考えていない。
バカ正直と言うか 真っ直ぐと言うか
理解に苦しむが でも僕はそんなゲンが好きなんだなと思った。


ロクも横で笑っていたが
きっと同じ気持ちなんだろうなぁ。


そしてゲンが今度は
紙飛行機を沢山折ってきたから
飛ばしっこしようぜと言い出した所に


ゲンの担当医と連れ添いの看護婦が来て
ゲンは やめろよ離せよを 20数回連呼して暴れた後
取り押さえられて 自分の病室に引きずられるように連行されていった。


何かの刑事ドラマで見たことのある 逮捕劇のようだった。






病室は バカみたいに賑やかだったのに
一瞬で 静寂に戻った。


沈黙を破るように
軽く咳き込みながら 大地が口を開いた。


お前その顔どうしたんだ?
また 親父に殴られたんだろ?


さすが大地だ
何でも僕のことはお見通しだ。


大きくため息をついて
困ったもんだといった表情を
僕は浮かべて見せた。







そして 大地はニッコリしながら言った。


ここのところ調子が少しいいんだ
明日 学校に顔を出してもいいと
先生のお許しが出た。


本当に!?


僕とロクは嬉しくて堪らなくて
気付いたら 手を合わせて抱き合っていた。


僕は 基地には来れそう?
と 続けざまに訊ねると
とりあえず 学校だけしか許しは出ていないと
悔しそうに大地は言った。



こんな騒ぎのあとなので
皆 疲れていたし
今日はこれで別れることにした。


じゃぁ 明日学校でな!!
と 大地に別れを告げると
珍しく血色のいい顔で
おう! と答えてきた。


少しでも大地の体調が良くなってきて嬉しかった。
また 前みたいに一緒に走り回れる日も
そう遠くない気がしてきた。



帰りにゲンの病室に寄ろうか
と ロクに持ちかけると
あれだけ元気なんだから 放っておけばいいと言った。


確かに それもそうだ。
僕らが行けば また興奮して脱走しそうだし
檻に閉じ込められたばかりのゴリラみたいな
凶暴な奴だからなぁ。


それにゲンは明日の朝退院で
普通に学校に来るそうだ。





明日 大地が学校に来る。
それだけで僕はもう大満足だった。





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