|
<14> 朝起きて顔を鏡で見ると 昨日よりは いい男に戻っていた。 触るとまだ痛いが 切れた部分が膿まなければいいなと 学校へ出かける前に消毒した。 まだ 5歳になったばかりの弟の太児が めずらしく早起きしていて 遊んでくれとばかりに 足にしがみついてくる。 兄ちゃんこれから学校なんだ また今度遊んでやるからごめんなと ランドセルを背負って 勢い良く玄関を出る。 大きく あくびをしながら 伸びをすると そこには里佳が立っていた。 おもむろにこちらに近づいてくると 顔はもう大丈夫なの?と 人の顔を ニヤニヤしながら ペシペシと叩いた。 せっかく大地が登校してくるという 気持ちいい朝だったはずなのに この女のせいで台無しだ。 一体どうしてくれよう。 里佳の大きくなり始めた尻を引っぱたきながら 大丈夫だから 触らないでくれる? と言った。 里佳は ヘイヘイといった口調で ふざけた様子で 全くもって上の空だ。 引越しが決まってからというもの なんだか 昔のお転婆だった頃の 里佳に戻ったような気がする。 『ねぇ これから引っ越すまでさ 私と一緒に登校してくれない?』 なんだか 今までの勝気で 真面目だった里佳はどこへ行ってしまったんだろう。 それが不思議でもあり 案外寂しがりやな彼女を見て なんだか嬉しくもあった。 学校では相変わらずの 真面目っぷりなのに 僕の前では 時折 無邪気な顔を見せる。 今日はよ 大地が来るんだぜ。 僕は彼女の申し出はそっちのけで 答えてみせた。 へぇ そうなんだ。 良かったね。 なんだか 素っ気ない返事だった。 きっと 僕と大地の関係に 里佳は嫉妬しているのかも知れない。 登校すると 大地はまだ来ていなかった。 海原先生の話だと 遅刻して2時間目の授業から来るとのこと。 ゲンは普通に登校して来ていた。 僕達のクラスに顔を出して来て 今日は俺は大地が来るから1組でいいか? と 海原先生に平気な顔をして申し出ている。 先生が許可出せないっつうなら 校長でも何でも上に話を通すからよ。 まるで ヤクザだ。 こんな小学校6年生は 全国を探しても稀だろうなぁ。 そこへ 2組担任のデパ吉がやってきて 海原先生を 困らすんじゃない!!と ゲンを一喝した後 ゲンの首根っこを ふん掴まえて ズルズルと引っ張って 正規のクラスへ持ち帰って行った。 皆 笑いながら そんなゲンに対して さようならと手を振った。 ゲンは諦めた表情を浮かべ 騒ぎを聞きつけてやってきた後輩や 僕たちに何度もウィンクしたり 舌を出して コミカルな表情をしていた。 きっと 2組に戻った後 また デパ吉に殴られているんじゃないだろうか。 それを一部始終眺めていたロクも呆れた顔はしていたが 毎度のことなので もはや羞恥心もないようだ。 クラスの皆がわくわくする中 大地はクラスへやってきた。 普通はこういうとき 親が同伴するんだろうが 彼は 1人で学校へやってきた。 母親が一緒に行こうというのも聞かずに 1人で行くと 出てきたことは予想が着く。 僕とロクと里佳の3人は 拍手で迎えたが クラスの皆は 大地の変わり果てた姿に ショックで黙り込んでしまった。 クラスでかわりばんこに見舞いに行こうと 決定はしていたが まだ見舞いに行けたのは 僕達3人と海原先生だけなのだから 皆 驚いてもおかしくはない。 大地はクラスの皆の前に出ると 鶴と手紙を どうもありがとうと 深々と頭を下げた。 そのとき かぶっていた帽子を脱いだもんだから クラスの皆は再びショックを隠せなかった。 病気のせいで 大地のフサフサだった髪は 全部抜け落ちてしまっているのだから。 体重が落ちたせいか フラッと風のような足取りで歩くと ずっと 空席だった窓際の一番後ろの席に 大地は疲れたように ドカっと足を組んで腰掛けてみせた。 そこはどういうわけか大地の指定席で 何度席替えをしても そこに座るのは彼だった。 皆 座りたいのに遠慮してなのか 誰も座りたくないのか どういうわけか そこは ずっと大地の席だった。 この席はクラスのリーダー格とかが座る いわゆる番長席という類なのかも知れない。 大地は 教科書をポーンと机の上に放り出すと さぁ 先生 授業を始めてくれ と言った。 すっかり大地のフォローを忘れていた先生も 挨拶もそこそこで 授業を始めだした。 すると 大地が 黒板の字が見えないと言い出した。 仕方ないので教卓の前の席の奴と 席替えをしたんだが 明らかにドンドン大地の視力が下がっていることを 如実に表していた。 クラスの皆も相変わらず驚きを隠せず 大地に何て声をかけていいか分からない様子だ。 僕だって 初めて変わり果てた大地をみたときに そうだったのだから クラスの皆を責めることなどできない。 大地は何もなかったかのように マイペースを装ってこそいるが 辛いのはきっと 彼自身だと思う。 だから 周りの僕達がオロオロしちゃいけないし 逆に大地を精一杯励まさなければいけないんだと 自分自身に言い聞かせた。 次の時間は体育で 彼は見学だった。 ラジオ体操のあと ドッヂボールをしたんだが 大地はつまらなそうに サッカーのゴールポストにもたれたまんま 足で地面に絵を描いたり 石を蹴ったりしていた。 いつもだったら 体育の時間 中心になって仕切ったり ルールを細かく判断したりして クラスをまとめるのは大地なのに 皆 期待が外れたような 気の抜けたドッヂボールだった。 何度か彼の方へボールが転がって行くと いつもの彼なら気前良く こちらへ投げ返すのに まるで 無視するように 転がっていくボールを眺めていた。 それを 違うクラスなのに ずっと窓際の一番後ろの席から 傍観していた奴がいた。 もう我慢ならねぇといった様子で 突然 授業中で部外者であるにも関わらず 窓から飛び降りて来て 乱入してきた。 『おい 大地も混ぜてやれよ てめぇらクラスメイトだろが!!』 僕も含めて誰も言い返せなかった。 クラスメイトの皆も大地と一緒に 体育の授業をしたい気持ちは一緒だ。 でも大地は病気だし 見学している。 無理に運動させれば どうなるか分からない。 海原先生が困った様子でいると デパ吉がスリッパのまんま 校庭に出て来て そのスリッパで勢い良く問題児の頭を スコーンと一発殴ると 彼の首根っこを掴んで また ズルズルと引っ張って クラスへ持ち帰って行った。 こんな騒ぎになったので 学校中の窓際に全校生徒が張り付いて 事の次第を見守っていた。 大地は 去り際のゲンに向かって 大きくピースサインをしてみせた。 ゲンは スリッパで殴られたせいで 首を捻ったのか 笑いながら白目をむいて 死んだ振りをして見せた。 大地は嬉しそうに 運動神経抜群のジャンプで ゴールバーに飛びつくと逆上がりで その上に軽々と上って見せた。 これが病人だとは思えない。 海原先生が西岡君 危ないから そこから降りなさいという注意も聞かず ゴールバーの上でずっと体育座りを決め込んで その後の体育を見学していた。 日差しも強かったせいか 大地は突然気分が悪いと言って 給食の時間まで 保健室のベッドで横になると言って 体育の途中でスタスタと校舎へ歩いていった。 給食の時間になり彼は教室へ戻ってきた。 彼の大好きな ミートソースのスパゲッティとサラダだったのに 一口も食べようとしない。 彼曰く 食べても戻してしまうんだそうだ。 大好きな給食を一口も食べないなんてと クラスの皆が再びショックを受けた。 僕は少しでもいいから食べろよと 給食を勧めてみた。 大地は大きく首を横に振り 食べれないよ・・・と ボソっと言った。 >NEXT <BACK |