|
<23> 母に喪服を用意してもらい。 通夜に出かけた。 僕とロクは受付をやることになった。 小学生が そんなことをするなんて 珍しいらしく 訪れる人々は 皆 驚いていた。 記帳をお願いして 香典を受け取るだけの 単純な作業なのだが 初めてなので 随分 手間取った。 僕達が大地のために もうしてやれることなんて限られている。 受付業務は 精一杯やったつもりだが ロクの助けがなければ 成し遂げられなかったかも知れない。 大地のために 校長先生や海原先生を含め 多くの学校関係者が訪れた。 町内でも有名だったので 親方も含め 商店街の人々や 大地を知る人々が弔問していた。 ときわ商店のウメばーさんまで 弔問しにやってきていたのだから驚いた。 大地の好きだった駄菓子を 一杯抱えていた。 僕達にもこれ食べなよと駄菓子をくれた。 ありがとうと答えると ウメばーさんは 息子を1人亡くしちまったみたいで わたしゃ 寂しいよと 一言呟いた。 うちの母と太児も遅れてやってきた。 太児はずっと 大地おにーちゃん どっか悪いの?ねんねしてるねー と 仕切りに言っていた。 それを見ていた大地の母が 大地が幼かった頃を思い出したのか 突然 すすり泣きし始めた。 大地が生前話していた 母の弱々しい部分というのを 目の当たりにした気がした。 黒ずくめの服装で埋まった 式場を見るだけで 気が滅入ったし 未だに彼の死が不思議であり よぉ といつもの駄菓子屋『ときわ商店』の前に ニタニタ顔で虫取り網を引っさげて現れそうな気がする。 夜通し受付をしていたので 何度か睡魔に襲われたが 堪えながら続けた。 ロクも僕も半分疲れ切っていて 眠りこけていたのは否めない。 たまに手がすくと 大地との楽しかった思い出が 頭を何度も何度もよぎった。 ロクも遠まわしに 大地との自分なりの思い出を 僕に告げてきた。 悔しさを抑えながら・・・。 僕も彼と全く同じ気持ちだ 何であんなにいい奴が あんなに苦しんで こんなことにと ときたま波のように押し寄せてくる 憤りを押さえつけるので精一杯だった。 そのまま僕とロクは葬儀に突入した。 大地の母が何度も僕達に 本当にありがとうございますと 頭を下げたのを覚えている。 葬儀の時 僕は泣くまいと決めていた。 クラスメイト皆で 献花することになり 大地の棺に 1人1人 花を手向けて行く。 僕は中々 心の準備が出来なくて 結局クラスで最後の1人になった。 通夜の間も いの一番に 焼香をすべきだったんだが まだ心の準備ができていなくて 大地の亡骸を垣間見ることすらできなかった。 初めて見る 棺に納められた大地の亡骸は 例のTシャツを着ていて 健児 お前挨拶が遅いぞ と 今にも呟きそうな表情だった。 手には僕があげた 爺さんの形見の懐中時計が握られている。 前にも増して安らかな顔をしていた。 苦痛に満ちた顔だったら 僕はどうしようと思っていたから 少しはホッとして 胸を撫で下ろした。 しばらく冷たくなった大地を正視していると 大地の母が こちらへ寄ってきて 彼の手から徐に懐中時計を取り上げると 僕の手に握らせた。 大地が 健児君に返すようにって言ってたの。 でも最後まで 握っていたいと。 懐中時計は時を刻むのを辞めてしまっていた。 最後はゼンマイすら巻く力がなかったのだと 大地の母は言う。 俺の時が刻むのを辞めようとしている 時が刻むのを辞めようとしていると 狂ったように何度も必死にゼンマイを巻こうとしたそうだ。 そんな様子を聞くと 大地の生への凄まじい執念が この懐中時計を手にすることで 伝わってきた。 俺の時をずっと刻み続けてくれとも 言っていたわ と大地の母が 凛とした顔で僕に告げた。 それを 聞いた瞬間 大地が僕に懸命に生きろと言っているように思えて 両目から熱いものが怒涛のように 噴出した。 葬儀では泣くまいと決めていたのに・・・。 僕は涙を拭いながら 急いでゼンマイを巻き 時刻を今の時刻に合わせた。 時は再び刻み始める。 僕の手の中で大地の時が再び鼓動を始める。 大地よ 僕はもう君の死から逃げない。 君の分まで精一杯生きるから だから・・だから・・ 見守っていてくれよな。 お前とやりたかったことを 僕が代わりにやり遂げてやる。 中学生になってから 一緒に登ろうと言っていた富士登山も バイクの免許が取れるようになったら 一緒に日本を一周することも 約束していたよな? 僕は1人でも成し遂げてみせるよ。 今頃 天国で 最愛の父親と再会を遂げているだろうか。 大地との数々の思い出は 一生涯忘れることはないだろう。 だからだから ずっとずっと見守っていてくれよな。 見守っていてくれよな・・・。 泣き崩れる僕の背中をロクがさすっていて どこから手に入れて来たのか 季節外れのヒマワリを持っている。 コイツをお前が大地に手向けてやれよ。 お前しか この役を出来る奴はいない。 僕はロクからヒマワリを受け取ると 静かに大地の手に握らせた。 献花や焼香を終えると クラスメイト達は重い足取りで 家路へとそれぞれ向かって行ったが 僕は納骨まで 付き合わせてもらった。 火葬場で見た大地の骨はかけらすらなく 完全に真っ白な灰になっていた。 これも病気のせいだと 僕の両親や親方も含めて 参列した大人達が口々に言っていた。 大地の母親が 再び僕の前まで来ると 一通の封書を差し出してきた。 大地があなたへって。 僕は何が書いてあるのか その封筒を開けるのが恐かった。 その場で読む勇気はなかった。 家に帰ってから読もうと 喪服の内ポケットに仕舞った。 大地の墓は 親方の知り合いなどの 様々な人達の計らいで建立された。 ヒマワリ畑の傍にある 富士山が良く見える小高い丘の上に作られた。 ここの土地だって 西岡家の所有物じゃないんだが 親方は顔が広く 様々な伝手を持っていること また 大地自身も町内では有名だったので 事情を聞いた地主さんが快く 墓の建立に協力してくれたのだった。 重たい石の下に 大地の骨壷は納められた。 あいつには こんな冷たい石の下は似合わない。 きっと 窮屈じゃなかろうかと思った。 結局 納骨まで済ませて 彼の墓前に立っても まだ 彼の死を受け入れられない 自分がいることに気付いた。 すぐ横に大地が立っているような 気配すら感じた。 棺の前で 彼の死を受け入れると 誓ったばかりなのに・・・。 また 涙がこぼれ 僕はその場に崩れ落ちた。 僕は大地が思っているような 強い人間じゃないよ。 とても君なしじゃ 生きられないよ。 何だって相談できる兄弟みたいな存在だったのだから。 僕はどうすればいいんだ。 これからどうやって生きていけばいいんだ。 なぁ 教えてくれよ 大地。 僕はお前のように強くは生きられないよ。 その時 大地の声が聞こえたような気がした。 笑えよ 健児 俺は短い生涯を終えた。 でもお前はまだ生きているんだぞ。 お前も俺に負けず 最後の最後まで歯食いしばって生きろ。 確かに僕の肩口で そう囁き ポンと僕の肩を叩く 大地の姿が見えた。 その後 小さな光の玉になったかと思うと 1本の光の柱が立ち それに導かれるように 天空に吸い込まれて行った。 これは幻なのか?現実なのか? 誰も信じてくれないかも知れないが 僕は不思議な体験をした。 更に不思議なことに 胸につけているタグが なんだか熱い。 慌てて胸から取り出すと 善次郎という名前が彫られていたはずなのに 西岡大地と刻まれていた・・・。 自分の目を疑って 何度もタグを見つめなおした。 善次郎と書いてあったはずだが 僕の見間違いで最初から西岡大地と 刻まれていたのかも知れない。 僕の勘違いだったのだろうか。 僕は驚いて 腰が抜けそうだった。 大地は死して尚 僕の中で生き続ける道を選んだのか。 僕はもう迷わない。 このタグに誓って 大地の分まで 一生懸命生き抜く。 悲しくて堪らない 悔しくて堪らない 怒りが収まらない。 そんな憤りを噛み殺すように 僕は大地の墓を キッと睨み付けた。 僕はお前に負けない お前に恥じない男になってやるぞ。 なぁ 大地そうだろ? それでいいんだろ? 僕は 墓前に線香を供えると 大地の母への挨拶も軽い会釈で済ませ 足早に秘密基地へ向かった。 そこには喪服から着替えた双子が待っていた。 3人とも目は泣き腫らしたあとなので 真っ赤なパンダみたいだ。 3人は おもむろにヒマワリの種を 乾パンの空き缶から取り出すと 出来る限りポケットに詰め込んだ。 そして 大きく頷くと 3人ともそこで別れて思い思いの場所に向かった。 大地との約束を果たしに。 基地から始まり 教室 校庭 プール 神社 大地の家 探検した防空壕 カブト虫の森 ヒマワリ畑 ザリガニや鯉を釣った川 ドジョウを捕まえたドブ あらゆる大地との思い出の場所に 僕はヒマワリの種を ただただ 無心でばらまいた。 芽が出るかどうかなんて関係ない。 少しでも大地が色んな場所に行けるようにと願って。 種をまいた場所だけは いつでも大地が再び訪れることができるような気がした。 そこで再び大地に再会できる日も もしかしたら 来るかも知れない。 帰宅して 大地からの手紙を読んでみた。 弱々しい字でそれは綴られていたが 彼が必死でこの手紙を書いている姿が 容易に想像できた。 書いてある字こそ貧弱だが そこには 紛れもなく必死で生きようとする 大地の力強い息遣いが刻み込まれていた。 健児 お前がこの手紙を読む頃には 俺は この世にいないんだろうな。 こんな形で手紙を書くのは不本意なんだが 書き記しておく。 俺の最後のメッセージだと思って 受け取って欲しい。 俺はお前のことを兄弟のように思っていたよ。 喧嘩をすることもあったけれど お前と過ごした日々は本当に楽しかった。 親父のいないことに寂しさを感じていた俺を お前はいつも支えてくれていたよな。 病気になってからも ずっと友達でいてくれて ありがとうな。 俺は 病室でずっと孤独だったんだ。 病気になることで 皆から仲間はずれにされたり なんだか 離れ離れになってしまうような錯覚に陥ったり 俺の看病で気疲れしている母を見たりして ここだけの話 何度か自殺すら考えたんだよ。 世の中の何の役にも立てない。 自分で自分のことすらできない。 ただそれだけの生ってのは もう 皆に迷惑をかけているだけのような気分になるんだ。 でも お前たちはずっと俺を 最後の最後まで頑張れと励ましてくれた。 何の恩返しも出来ないけれど 俺の宝物はお前たちその物だったんだなって 気付かせてくれたよ。 お前たちとの友情だけは 天国へ持って行ってもいいかな? 俺達はどこへ行ったって 離れ離れになったって ずっと 兄弟だし仲間だぜ。 俺には 世界中どこを探したって お前ら以上の最高のダチはいねぇぜ。 だから胸を張ってくれ 最高のダチだったぜ 健児。 またどこかで会えるといいな。 そのときを楽しみにしているよ。 西岡大地 僕は溢れ出そうな涙を堪え インクを滲ませることなく 手紙を読み終えた。 大地も僕が彼に対して思っていたことを 全く同じように思っていてくれたんだな。 手紙を大切に 机の引き出しに仕舞うと 僕の中に 生きる勇気が漲ってきた。 そして 里佳に 大地が死んだことを電話で伝えた。 彼女もショックを受けたようで しばし 二人で黙り込んでしまった。 僕は彼の分まで生きる決意をしたので 冷静そのものだったが 彼女は電話口で かなり 涙声で咽ていた。 しばらくこちらへは 戻れそうもないらしく 冬休みに 墓参りに来たいとだけ告げた。 彼女は僕を心配する言葉を いくつか投げかけてくれたが 心配は要らないよと答え お互いの近況すら話すことなく 電話を切った。 全身を昨日の通夜からの疲労が包み込み 僕は 喪服の上着だけ脱ぎ捨てて 布団に倒れこみ 泥のように眠った。 >NEXT <BACK |